第16話「勝利を味わおう」

 午前の授業が終わり昼食の時間。


「ハル、今日は昼休憩も同好会の活動があるからね。いま頑張れば締め切り間近にヒイヒイ言わずに済むからね」

「ああ、わかったよ。購買で飯買ってから行く」

「オッケー、じゃあ僕は先に行ってるから。購買ならフルーツサンドがおすすめだよ、じゃあねっ」


 同好会に向かう湊土を見送ってから俺は購買部へ急いだ。

 購買部に着くと人は少なく、既にあらかたの商品が捌けた後だった。

 特になにが食べたいというのもないので残っていればなんでもいい。


 湊土はフルーツサンドがおすすめと言っていたな。そんなものは今まで食べたこともないし興味もないが、おすすめと言われれば多少は気になる。

 無意識のうちにフルーツサンドを探す俺の目にそれが飛び込んできた。


 あった、フルーツサンドだ。一つだけ残っていた。

 買うかは別として一応は手に取ってどんなものか確かめたい。

 俺がそれに手を伸ばしたのと同時に隣からもう一つ手が現れた。

 まさに同時。俺の手と誰だかわからないもう一つの手がフルーツサンドを握る。


「げっ! 日下部……」


 視線を上げるとそこには火野桃火が居た。


「離せよ。これは俺が取ろうとしたフルーツサンドだ」

「あ、あんたこそ離しなさいよ。私の方が先だったんだからっ」

「はあ? 何を言ってる。どう見ても俺の方が先だ」

「ウソ。絶対私の方が先だったしっ」

「いや俺だ。現に俺の方がフルーツサンドを握っている面積が大きい」

「それはあんたの手が私より大きいだけでしょっ! 子供みたいなこと言わないでよっ!」

「子供はそっちだろ。たかがフルーツサンド如きで大声を上げるなよ。みっともない」

「う、うるさいっ。男のくせにフルーツサンド食べてる方がみっともないよっ!」

「栄養の摂取に男も女もない」

「だったらフルーツサンドじゃなくても栄養は摂れるでしょ⁉」

「確かにそうだな」

「認めてるじゃんっ。なら、あんたは他のにしなさいよっ」

「それはダメだ」

「なんでっ⁉」

「これを先に取ったのは俺だからだ」

「もぉ~、話戻ってるじゃんっ!」


 俺は譲る気などない。元々はそこまで食べたいものではないが、女との戦いとなれば話は別だ。俺は絶対にこのフルーツサンドを手に入れてやる。


 しかし、このままでは埒が明かない。俺は早く同好会に行かなければならないんだ。

 無理矢理奪う事も可能だが、それだとフルーツサンドが潰れてしまうしなによりスマートじゃない。それにこんな女如き言いくるめられないでどうする?

 その時俺は火野がもう一つの手に持っていたコロッケパンに糸口を見出す。


「お前フルーツサンドだけじゃなく、まさかそれも食べる気か?」

「はっ!」


 火野はコロッケパンをサッと後ろに隠し、わかり易く動揺した。


「な、なんのことっ? そんなの知らないしっ」

「知らないって。お前が持ってるコロッケパンだよ。今あからさまに隠しただろ」

「知らないっ。ってか人のこと見過ぎだしっ! キモいんだけどっ!」


 どいつもこいつも二言目には『キモい』だな。もはや抽象的すぎてかすり傷にもならい。

 こいつが動揺しているうちに一気に決めてやる。


「…………太るぞ」

「――――っ!」


 こいつにとって『太る』は相当なキラーワードだったらしい。火野のフルーツサンドを握る手が緩むのを感じた。


「べ、別に……太ってない……もん」


 確かに火野は太ってはいない。かといって痩せている訳でもない。

 女の体型なんて気にしたこともない俺から見ても火野は至って普通に見える。


 だが俺は知っている。ダイエットとは女にとっての永遠の課題(テーマ)。生まれたその時から課されている宿命と言ってもいいだろう。そしてそれは一部の、極々一部の女を除いて共通している。どんな体型であっても、女とは常に今より痩せていたいのだ。今より太るなんてことは許されないのだ。


「そ、それに甘い物は別腹っていうし……」


 自制出来ない女の常套句。

 これを言ってしまったらもう終わりだ。この勝負――俺のものだ。


「そうか。お前は胃袋が一つじゃないのか。…………まるで牛だな」

「――――――――っ‼」


 ダメ押しの言葉。

 力なく火野の手がフルーツサンドから離れた。

 俺はフルーツサンドの代金二百円を支払い、颯爽と購買部を後にした。


 勝ち取ったフルーツサンドは長い時間、俺と火野が掴んでいたので生クリームが溶けていて美味しくなかったが、勝利の味は俺を満たしてくれた。

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