第13話「とにかく頑張るしかないだろう」

「まず聞くけど。元日はなにが出来るの?」

「なにが出来るかって……。それよりなにをすればいいのかを教えろよ」


 言い返すと女はしかめっ面になった。


「うわぁ、使えないヤツの言い方だわ~」

「はあ、なんだよそれっ⁉」


 俺が食ってかかると女はすかさず反撃してきた。


「相手がなにを出来るか、なにが得意なのかもわからずに仕事を振れる訳ないでしょ。それともなに? 元日は私が命じた仕事ならなんでもこなせるスーパーマンな訳? だったら私の仕事全部任せてあげるわよ。ほらやりなさい。この席に座って私の仕事全部やってみなさいっ!」


 その的確で素早い口撃に俺は返す言葉がなかった。

 女の言い方には腹は立つがこれはどう考えても分が悪い。この同好会の活動において今の俺の攻撃力はゼロに等しい。

 仕方ない、ここは一旦退こう。


「勉強は平均よりは出来る。小さい頃から水泳、空手、書道、絵画を習っていた。パソコンは材料さえあれば組立てるくらいは簡単だ。これで満足か」

「あっそう。水泳と空手はあんまし役に立たないわね。書道と絵画は今もやってる?」

「それらの習い事は高校に入る前に辞めた。今は暇な時に嗜む程度だ」

「ちなみに賞を取ったことは?」

「どっちも中学の時に県の賞を取った」

「へえ~。ハルって凄いんだね」


 隣で作業している湊土が感心してくれた。女も声には出さないが、俺のことを見直したように小さく頷いていた。


「企画より制作向きか……」


 そう呟いた女は部屋の壁に置かれた棚から数冊の本を取り出し、俺に手渡した。


「なんだよこれ」

「ドローソフトとペイントソフトの入門書。あとデザイン関連の参考書」

「これをどうしろと?」


 訊ねると女は、はあ~っと大きなため息を吐く。


「ドローソフトは紙面のデザインをするのに必要なソフトで、図形を配置したり文字置いたりするための専用ソフト。ペイントソフトは絵を描いたり写真を加工するための専用ソフト。この二つさえ覚えれば印刷物ならなんでも作れるようになるから、しかっりと覚えなさい。とりあえず今日は湊土の隣の空いてるパソコンで、これらのソフトをいじってて」


 空いているパソコンを指差すと女は自分のデスクに戻った。

 今の俺に出来ることなんてないだろうから、俺は言われた通りにパソコンを起動して二つのソフトをいじってみる。


「……全然わからん」


 ペイントソフトは線を描いたり色を塗ったり直感的にいじれるが、ドローソフトの方はなにをしたらいいのかわからない。

 適当に丸や四角の図形を置いてみた。幾何学模様の落書きが完成した。

 いや、これじゃダメだ。子供のお絵描きじゃないんだぞ。


 俺はチラリと隣の湊土のディスプレイを覗いた。

 ページ上部に配置され写真。その下に窓枠のような飾りがあり、中には文字や切り抜かれた写真が入っていて、矢印や記号も効果的に使っている。普段見ている雑誌となんら遜色ない。


「凄いな……。本物の雑誌みたいだ」


 口に出してしまうと湊土はふふっと笑い、手を止めた。


「ね、凄いでしょ、ここまで覚えるの苦労したんだから。でもデザインの方は全然なんだよ」

「そんなことない。普通によく出来てるじゃないか」

「これは部長がデザインしてくれたものをそのまま組んでるだけだからね」


 そう言うと湊土が一枚の紙を見せてくれた。

 紙には写真の指定から全体の色使い、文字を置く場所やフォントの指定までが几帳面に書かれていた。


「まったく一緒だな」

「ね。だから僕がやってることは部長がデザインしてくれたものを忠実に再現してるだけ。早く自分でデザインさせてもらえるようにならないとね」


 俺から紙を回収して湊土は作業に戻った。その横顔は真剣そのもので、これ以上は邪魔できないと俺は自分のパソコンをまたいじり始めた。

 とにかくソフトの使い方を覚えなければ。俺は入門書を見ながら一つ一つの機能を確認していった。


 色や形、フォントの変え方。文字の置き方。写真の配置の方法など覚えることだらけだ。このソフトを使いこなせるようになるまで何日、いや何か月かかるやら。


「元日」


 女に呼ばれ俺は顔だけ向ける。


「なに睨んでんのよ」


 俺は反射的に女を睨んでしまっていた。女はまあいいやと続ける。


「言い忘れてたけど。あんたその二つのソフト三日以内に覚えて湊土に追いつきなさいよ。それが出来なければ退部ね」

「みっか⁉」


 声を上げたのは湊土だった。なんでお前なんだよ、そこは俺だろ。


「美空さん……いくらなんでも三日じゃ無理でしょ」

「そうかな? 元日、あんたも無理だって言うの?」と女は顎を上げて話す。


 なんともムカつく表情だ。この女に対して何度も退いてはいられない。

 

「俺を舐めるなよ。そんな要求なんぞ簡単に達成してやるよっ」


 それを聞いた女はニヤリと笑う。


「よし、じゃあ三日以内ね。いや~、さすが元日くん。楽しみだわぁ」


 どうせ無理だろと言わんばかりの女。嫌な女だ。こんな女に負けてたまるか。


「ハル、無理だって」

「湊土は黙ってろ。これは俺とあの女との勝負なんだ。絶対に達成してみせる」

「また訳のわからないことを……。僕は必死に頑張って、それでも三か月かかったんだよ。三日じゃ絶対に無理っ!」


 何度も無理だと言う湊土を無視して俺はパソコンに向かった。

 見てろよ絶対に三日で覚えてやるっ!


「元日。もう一つ言い忘れてたけど、今後私にため口ついたらその時点で退部だから。あと私のことは美空さんって呼びなさい」


 くそっくそっ――くそっ‼

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