第12話「同好会を知ろう」
FP同好会もといフリーペーパー同好会が毎月三万部を発行している『IMA×GAKU』。部長である風間蒼風(かざま そうふう)が全体のデザインとパソコンでのデータ作成。土生湊土(はぶ みなと)は部長の補助。そして女……二年生の空本美空(そらもと みく)は副部長という立場でありながら、このフリーペーパー全体の企画営業をこなす編集長でこの同好会のボスらしい。
雑誌名の由来は『今を生きる学生を応援するフリーペーパー』から『今』と学生の『学』を取ってイマガクらしい。名前の通り内容は中高生、主に女子向けの地域に密着した情報を取り扱っている。
まあ、なんてことはない。おすすめのスイーツや流行りのファッションなどといったもので、普通の雑誌とさして変わらない。こんなもの今時の学生がわざわざ見るのだろうか。スマホで事足りるのではないだろうか。
そんな疑問をぶつけると部長が作業の傍ら答えてくれた。
「日下部くんの言う通りだね。スマホなんて誰でも持ってるから検索すれば大抵のことはわかるし、共有だって楽だよね」
わからない。それではこんなアナログなものになんのメリットもないではないか。俺がそれを言葉にする代わりに表情に出すと、部長は俺のそんな反応を確認してから話を続けた。
「でもそれは自主的に探せば……の場合。こういう、いわゆる雑誌はある程度ジャンルは限定されるんだけど自分では興味がなかった、知らなかったっていう情報を向こうから与えてもらえるんだよね」
言われてみればそうだな。興味がなく知らないものをわざわざ検索する人間は少ないだろうし、そもそもそれ自体がなんなのかさえわからない。しかし疑問も残る。
「いくら無料だからといって、敢えてこのフリーペーパーを手に取るでしょうか?」
「うん。取らないね。僕たちが作ってるこれはこんなにペラペラだし。本業の人たちが作ってるものには敵わないよ」
部長は笑いながら手にしたイマガクを左右に振ると、薄いそれは折れそうなほど大きくしなっていた。
「ダメじゃないですか。そんなのに広告が付いて三万部も発行出来る理由がわかりません」
「逆に考えればいいんだよ。手に取ってもらうんじゃなくて手に届けるってね」
「届ける。三万部全てをですか? そんなの人件費がかかり過ぎて無理ですよ。それに道行く人がいちいち受け取るはずがない」
「道行く人は無理だね。全員が暇って訳じゃないし。でも、人が立ち止まっててある種暇でいて更に数を確保できる場所があるとしたら?」
それなら大半の人間が見てくれるだろう。ただ、そんな場所があるのか? 喫茶店、コンビニでは普通すぎる。もっとターゲットの学生が集まって、尚且つ部長のいう条件に合う場所といえば……。
「もしかして学校ですか?」
俺が答えを言うとそれまで作業していた湊土が手を止め、部長と共に小さく拍手した。
「正解。更に言えば学校の教室。それも生徒一人一人の机に届けるんだよ」
「いや、でもそれじゃさっき言ったみたいに人件費とか、他にも色々と問題が……」
「その秘密はね。表紙の女の子だよ」
表紙には銀髪の女が写っている。今月号も先月号もそのまた前の号も全て同じ人物だ。写真の下に小さく『AOI』と名前がある。
「SNSでフォロワーが百万人以上いる現役女子高生なんだよ。雑誌やテレビはもちろん声すら出したことのない正に正真正銘謎の美少女。そんな彼女が毎月表紙を飾っているのが、何を隠そう僕たちが作っているIMA×GAKUなんだっ!」
それまで淡々と話していた部長がここぞとばかりに早口でまくし立てる。部長もそのフォロワーの一人でファンということか。
「どの学校にもAOIのファンがいるからね。そういう人たちに頼めば勝手に協力してくれるって訳だよ。日下部くんも彼女のファンになっちゃった? えへへ」
部長は気色悪い笑みで俺を見た。
確かに美人ではあるが、これだけ外面が良いということは中身は相当穢れているはずだ。女とはそんなものだ。
「あり得ませんね。女なんて全部クソですよ。どうせこの女もウラでメチャクチャやってるんじゃないですか?」
「うんっ、日下部くん短い間だったけど今までありがとね。君のことは忘れないよ……絶対に忘れない……」
部長は優しい声で口元は笑っている。が瞳に輝きはなく据わっていた。さすがに言い過ぎたようだ。
「あああっもうっ! いつまで無駄話してんのっ! 部長さっさと広告のデザイン上げて。元日っ、あんたはこっちに来なさい!」
「ご、ごめん……」
女に怒られた部長は背中を丸めて、カチカチとマウスを操作し作業を再開した。
今回ばかりはこの女に助けられたが、俺のこと元日と下の名前で呼びやがったな。母と同じ呼び方をするとはなんとも胸糞が悪い。
「元日、なにしてんの早く来なさいっ」
はいはい、行きますよ行きゃいいんだろ。わかったから気安く名前を何度も呼ぶなよっ。
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