第10話「とりあえずついて行こう」

 あれから一時間近く経っているが未だに湊土は帰って来ない。俺は手持ち無沙汰と喉の渇きを感じ、校内のカップ式の自販機でアイスコーヒーを選んだところで背後から声を掛けられた。


「ねぇ。もしかして転校生?」


 振り返るとギャル風の女が二人。


「絶対そうじゃん。こんなイケメンうちらの学校に居なかったよ」

「ほんまそれ。マジ選んだ高校失敗したわー」

「共学だから大丈夫って言ってたのあんたじゃんっ。マジテキトー」


 かっかっかと笑い合う二人。

 はあ……失敗した。カップ式にするんじゃなかった。自販機の液晶には出来上がりまでの秒数が表示されているが、五七、五六、五五……。あと一分近くもある。


「ってか名前なんての?」


 五二、五一、五〇……。


「どしたん? 緊張してんの?」


 四六、四五、四四……。


「は? 喋れんの? なんか言えし」

「なんか変じゃない? こいつ」


 四一、四〇、三九……。やけに時間が長く感じる。原因はもちろんこの二人だろう。


「ちょ、なんも言えんの⁉」

「無駄話なら俺のいないとこでやってくれ。いつまで経ってもコーヒーが出来ないだろ」

「……は? 無駄話ってなんそれ⁉」

「ってかコーヒーがどうこうって意味わからんしっ」


 三七、三六、三五……。いや、待て。さっきより遅くなってるじゃないか。もしかしてこいつら時間操作系の能力でも持ってんのか?


「ってかマジなんなん? 転校生だから話し掛けてやってんのに」

「ってかこいつヤバくね? ってかキモいんだけど」


 さっきから、てかてかうるせえなっ。


「お前らの頭の中テカテカで皺がないんじゃないのか?」


 その言葉に女たちは眉間に皺を寄せた。


「はあ⁉ ウザッ!」

「ってかもう行こうよ。こんなんもうどうでもいいよ」


 そう言うと、ようやく二人は俺の前から去って行く。その間も女たちは「てかてか」と連呼していた。

 自販機に目を移すといつの間にかコーヒーが出来上がっていた。あれほど長く感じた時間は女たちが消えたことで一気に加速したようだ。出来立てのアイスコーヒーを啜っていると湊土がこちらに走り寄って来た。


「なんか今めっちゃ怒ってる女子とすれ違ったけど、もしかしてハルがなにか言った?」

「いいや。俺は知らないぞ」

 と俺はとぼける。

「ってかお前遅いよ。俺をどれだけ待たせるんだ」


 つい俺も使ってしまっていた。ってかあれだけ連呼されたら耳に残るよ。


 俺は湊土に連れられ本校舎から渡り廊下を通り新校舎の横にある通称、部活棟と呼ばれているという小さな校舎へやって来た。

 出来て間もないのか部活棟の中に入るとこれまでとは違った独特な匂いがした。

 部活棟三階最奥の教室までやって来てようやっと湊土は口を開いた。


「ここだよ、じゃあ入ろうか」


 この教室で話しをするのか? それともこの中で湊土のいう法の抜け道を通る怪しいナニかが行われいるのか?

 この際どっちでもいい。俺は覚悟を決めて教室に入る湊土に続いた。


「お疲れ様でーす」


 元気よく挨拶する湊土。そこは通常の教室の半分ほどの広さ、教室と言うよりは部屋といったほうがしっくりくる小さな空間だった。向かい合わさった数台のデスクの上にはパソコンが置かれ、その横には資料らしき紙がいくつも並べられている。まるで会社そのものだ。


「お疲れ、湊土くん。あれ、もしかして後ろの彼が?」


 部屋に一人、デスクに座ってなにやら作業をしていた男が居た。


「部長。連れてきましたよ期待の新戦力っ」


 部長と呼ばれたその男は眼鏡をかけたパッと見大人しそうな青年だった。こんな人畜無害そうな人間が裏の仕事をしているのだろうか。いや、見た目に誤魔化されるな。引きこもっている間に見たアニメや映画ではこういう奴ほど危険なんだ。


「へえ~。もしかして経験者なの?」

「そういえば聞いてなかったけど、経験なんてあるの?」


 部長の言葉を湊土が俺にパスする。

 こんな場所で出来る裏の仕事とは何だ? ネットで転売? オレオレ詐欺? まさか薬の売買ではないだろうな。もちろんそんな経験はない。だが湊土は俺のことを『期待の新戦力』と言った。こんな俺に期待するということは……、


「いや経験はないですけど、やる気は誰よりもあります。それに俺は女が大嫌いです。女を食い物にすると言うのであれば俺以上の適役はいませんっ」


 言い切った俺の後頭部に衝撃が走る。


「ば、馬鹿っ。なに勘違いしてんのっ⁉」


 どうやら湊土に頭を叩かれたらしい。


「痛いなっ、なにすんだよっ?」

「それはこっちの台詞。まったく……なに言い出してんのか……」


 俺と湊土のやり取りを見ていた部長が笑う。


「彼、面白いね。多分この仕事向いてるよ。それに彼が言った、女を食い物にする? っていうのもある意味当たってるからね」

「全然、当たってませんよっ」と湊土がツッコむ。


 部長は席を立ち俺の前までやって来て手を差し出した。


「僕はこのFP同好会部長の風間蒼風(かざま そうふう)。二年生だよ。よろしくね」

「俺――いや僕は日下部元日です。よろしくお願いします。二年生というと……」

「そう。二年生唯一の男子とは僕のことだよ」


 一見大人しそうなこの風間蒼風。数か月前まではこの高校唯一の男子だった生徒だ。とんでもない修羅場をくぐっていそうだ。それは手を握り彼の目を近くで見ればわかる。


「ところでFP同好会とはなんですか?」

「湊土くん説明してないの?」

「してませんよ。だって説明するより来て見てもらう方が早いですし。それにハルにはちょっと問題もありますし……」


 意味深な台詞を言う湊土だが、部長はそれを理解したらしく納得したような顔をし席に戻った。それを見て湊土も自分の席だろう、部長の向いのデスクに着く。なにをする場所なのかもわからない俺はただ立ち尽くしていた。


「日下部くんはとりあえず湊土くんの隣の席に座っててよ」

「はい」


 促されるまま俺は湊土の隣の席に着く。


「それじゃあ、ハルに説明しましょうか?」

「ちょっと待ってね。もうすぐで来ると思うから。説明はそれからにしよう」


 部長に止められた湊土は、はーいと返事をしてなにやら作業に取り掛かった。

 一体なにをする同好会なのか見当もつかないが、今日この学校に居て初めて訪れた平穏の時。女子だらけだった教室と違い、小さなこの空間にいるのは男子だけ。とても居心地がいい。なにをするにしても頑張っていける気がした。


 が、そんな俺の期待は数分で裏切られる。

 廊下からドタドタと騒がしい足音が聞こえたと思った瞬間、部屋の扉を勢いよく開けて誰か入ってきた。


「おい湊土! なんだこのクソみたいな文章は⁉ 部長も早く広告仕上げてっ!」


 怒声と共に入ってきたショートカットヘアの女は開けたドアも閉めずに奥のデスクにドンッと座り、更になにやらまくし立てていた。湊土は当たり前のように女が開けっ放しにしたドアを閉め「はいはい」と女の話を聞き流していた。

 呆気にとられている俺と目が合うと女は怪訝な表情を浮かべる。


「あんた誰?」


 またかよ……。初対面でなんて口の利き方だ。もう女なんてこんなのしかいないのだろうな。そっちがその気なら俺だって退く気はないぞ。


「ああっ? お前こそだっ――!」


 言い返そうとすると湊土に口を塞がれた。


「あはは~。美空(みく)さんこいつは入部希望者の日下部元日です。よろしくお願いしますね~」


 湊土は代わりに俺の自己紹介をした。美空と呼ばれた女はじっと俺の目を見て一言。


「なんかムカつく顔してる。私、あんたのこと嫌いだわ」とデスクに広げた資料らしき紙に目を落とした。


 クソがっ。俺も全く同じ意見だよ!

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