第7話「間違いは誰にでもあるだろう」

「す、すみませんでしたっ。私勘違いしちゃってて……」


 祖母が俺のことを説明すると寿司屋の女は恥ずかしそうに頭を下げた。


「あ、あんたもそうならそうって言いなさいよっ。恥かいちゃったじゃない!」

「勝手に勘違いした方が悪い」

「言わないとわからないじゃないっ」

「俺って意地悪だからな。そういえば俺みたいな意地悪はこんな高級寿司は食べられないんだったっけ?」


 皮肉を込めると女は顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。


「どしたー。寿司は来たんか?」


 少し心臓が弾んだ。祖父の声だ。


「お、ハルも来たんか。ちょうどええ時間だったのぉ」


 家の奥から歩いて来る祖父の表情は小さい俺に『どんな時でも女の子には優しくせんとなぁ』と話してくれた時と同じ柔らかなものだった。


「……う、うん」

「迷っとったお寿司屋さんをハルちゃんがここまで案内してくれたんよ」


 嬉しそうに祖母が伝えると。


「おお、そうかぁ。ハルは優しい男じゃけなぁ」


 祖父も嬉しそうにし、俺の肩に手を置いた。


「へ、部屋の整理してくる」


 俺は何とも言えない気持ちになり、いそいそと家に上がり込む。


「そうじゃな。届いた荷物は全部奥の部屋にあるけぇ。もう少ししたら寿司食うけぇな」

「うん……」



 新しい俺の部屋には家具が以前とまったく同じ配置で置かれていた。違うのは洋室から和室に変わったくらいだ。部屋の整理をするとは言って来たのに何もすることがない。引っ越し業者が綺麗に配置していてゴミ箱の位置さえ以前と同じだ。


 ベッドに寝ころび天井を見上げると玄関から笑い声が聞こえた。祖母が寿司屋の女となにやら話し込んでいるみたいだ。本当に図々しい女だな。出前終わったんなら早く帰れよ。


「ハル。婆ちゃん話込んどるけぇ、わしらだけで寿司食べようや」


 閉まった扉の向こうから祖父が声を掛ける。


「うん。すぐ行く」


 俺が返事をすると祖父はおうっと言い居間へ行く。

 大丈夫、俺は新しい生き方をするんだ。俺は勢いをつけて起き上がり、祖父の待つ居間へ向かった。



 久しぶりに口にする寿司。女が言っていたように確かに高級な寿司だ。大トロは霜降り肉みたいにきめ細かいさしが入っている。


 それを口にした俺。美味い、美味いがやはりあまり食が進まない。あの日以来腹いっぱいに何かを食べた記憶がない。頭では吹っ切れたはずなのに体は正直なようだ。

 ちらっと祖父の見ると祖父も俺を見ていた。


「うまいかぁ?」

「う、うん。美味しいよ」


 孫との再会を嬉しそうにする祖父に俺はなんとも歯切れの悪い反応。申し訳なく感じてしまう。もうちょっと何か言ったほうがいいかなと考えていると、寿司屋の女と話し終えた祖母がやって来た。


「可愛らしい子だったねぇ。あの子ハルちゃんと同じ高校一年生なんだって」

「ほお、じゃあハルと同じ学校かもしれんの」


 まさか。あんなと同じ高校なんて御免だ。


「それにしてもハルはあんま食べんのぉ。来る前になんか食べてきたんか?」

「いや。……最近はあんまり食欲がなくて」


 そう話す俺に祖父と祖母は心配そうに顔を覗いている。


「そうなん? 小さい頃は、ハルちゃんが誰よりも食べとったのにね。でも痩せてええ男になったねぇ」


 本当に祖母という生き物は孫に甘い。少し背が伸びれば大巨人が現れたかのように驚くし、今だって少し痩せただけで、まるで憧れの銀幕スターに出会ったかのように目を輝かせる。自分もスターにでもなったんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。


「何を言いよるんか。ハルは昔からええ男じゃい。のう?」


 そう言うと祖父は笑った。つられるように祖母も笑顔になる。なるほど祖父という生き物も孫には甘々なんだな。


「はははっ」


 思わず笑ってしまうと、そんな俺を見た祖父と祖母は一段と笑顔になっていた。

 バカだな俺は。いいじゃないか。たとえ祖父の教えが間違っていたとしても祖父に罪がある訳じゃない。そうだよ、悪いのは祖父じゃない。

 悪いのはすべて女なんだ。




 少し長くなったが、これが俺が女嫌いになった全ての理由だ。

 それではここからはまた話を現在に戻そう。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


長い回想になってしまってすみませんでした。

次回の更新から一話の続きになります。

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