第3話「引きこもろう」
それから俺は学校には行かず部屋に引きこもった。何かしようとするとあの日言われた言葉が幻聴のように聞こえてきて眠れず、ただただ部屋で丸まっていた。
スマホはあの日から一度も電源を入れていない。中学の友達から連絡が来ているかもしれない。最初の数日間はそれが気になり電源を入れようとしたこともあったが、本当の友達であれば心配して自宅まで来て俺を慰めてくれるはずだ。しかしそんなことは一度もなかった。
なるほど……。あいつらにとっても俺はどうでもいい奴だったのか……。
そして俺は部屋に引きこもり食事もほぼ摂らずに、動画配信サイトのアニメや映画を見続けた。
剣や魔法のファンタジー。胸がキュンキュンするようなラブコメ。ほんわか日常系アニメ。なんてものは見れなかった。こんなのはまやかしだと。こんなものを見てしまったら、また勘違いして傷付いてしまう。
だから俺が見ていたのはバイオレンスで硬派なものばかり。女子供でさえもあっさりと死んでしまうような過激な内容のものを昼夜構わず見漁った。
そんな中、俺はある一つの作品に出会う。八十年代の古いアニメだった。内容はオーソドックスなバトルものだったが、そこに登場した一人の敵キャラに感銘を受けた。そのキャラは死の間際にありながら最期まで主人公に立ち向かい、誰にも媚び諂わず今までの人生を後悔せず死んでいった。
思えば今までの自分の人生はこのキャラとは全くの正反対。女に優しくしていたのも裏を返せば、ただ媚びていただけなんじゃないか?
もう日付や時間の感覚さえなくなるほど、俺はあの日の告白を何度も何度も後悔していた。それも、もうやめていいんじゃないのか?
そう自問自答をしているうちに胸の奥がすーっと軽くなった気がした。もっと言えば自分が強くなったようにも感じる。……なるほどこれが覚醒ってやつなのか。
みなぎる力を感じたまさにその瞬間だった。
「いつまで引きこもってるのっ! おらぁ、出て来いっ!」
俺の覚醒を知ってか知らずか母が部屋のドアを叩く……いや、殴る。
やかましい女だな。言われなくたって出て行ってやるよ。
両親は俺が小学生に上がる頃に離婚していた。それ以来母一人子一人で暮らしてきた。それだけ聞くと、さぞ苦労したんだろうと思われるかもしれないが、母は県内にエステサロンを数店舗ほど経営するバリバリのキャリアウーマン。自宅のマンションは二人で暮らすには勿体ないくらいの広さで、トイレだって意味もなく二つもある。
そんな母は俺が小学生の頃からいくつもの習い事をさせた。水泳、空手、書道、絵画、学習塾と子供にはキツいスケジュールだったが俺はこなしてみせた。それが俺にとってのプライドだったからだ。
当時からバリバリ働いていた母は小さな俺から見ても凄いと思える人物だった。その母の期待に応えたい。むしろそれ以上の結果をさも当然のように出すことで、母に認められようとしていた。どんな要求にも簡単に答えてやるよと。
それはいつの間にか俺の中で母との戦いになっていた。母には負けられないと。
だが今はどうだ。あれだけ大きな存在だった母が息子の部屋のドアを殴るだけのおばさんくらいにしか感じない。
俺は強者のようにゆっくりと立ち上がる。本当は寝不足と運動不足で速い動きがとれないだけなんだけど。
その間もドアを殴り続ける母。
はいはいすぐ開けますよ。さてと、なんと言って母を黙らせてやろうかな。溢れ出る自信に緩む頬を抑えながら俺はドアノブに手を掛けた。
ガチャリ。
まったく……騒がしい女――!
「このクソガキっ! さっと開けろやぁ!」
胸倉を掴まれた俺はそのまま廊下へ投げ飛ばされた。あれ? 俺って百キロ近くあったよな。重力ってなくなったんだっけ?
「痛っ」
「一体何か月引きこもってるつもり⁉ もう夏休みも終わるわよ!」
えっ、嘘? もうそんな時期なの? 体感的には二週間くらいだったんだけど。
「うわっ、臭っ‼ あんたどんだけ風呂入ってないの?」
風呂か。そういえば最後に入ったのはいつだろうか。
「髪もどんだけ伸びてんのよ。ボサボサで、きったない⁉」
髪は入学前に切ったきりだから母が言うように今が八月の下旬なら、五か月近く切ってないことになるんだけど……。それにしたって息子に対して言いたい放題だな。
「部屋もくっさ‼」
母はずかずかと俺の部屋に入り、カーテンと窓を開け部屋中に消臭剤をふりまく。いくら親子だからって勝手に部屋に入るなよ。重力だけでなくプライバシーの概念もなくなったのか?
「はあ~まったく。私って子供に甘すぎるのかなぁ……」
母に至っては記憶すらなくなったらしい。たったいま息子を投げ飛ばして暴言を吐いていた親がなに言ってんだ。
「ん? 元日、あんた痩せたわね。それにその顔……」
言われてみればシャツもズボンもブカブカだ。引きこもってる間ほとんど飯食ってなかったな。なぜか大量に買い置きしてあった酢昆布ばかり食ってたような気がする。
母はふーんと唸りながら俺の顔をまじまじと眺める。なんか親と顔を近づけるって表現しずらい気持ち悪るさがあるな。
「やっぱ臭っ‼」
鼻を摘まんで俺から距離をとる母。呆れるほど失礼な女だな。出鼻はくじかれたがここはガツンと言ってやろう。
「ほん……しつ……な……おん……だな」
三か月ほとんど声を出していなかった俺の声は笑えるほど小さかった。
「はあ? なに? 聞こえないんだけどぉ⁉ あんた引きこもりすぎて喋り方忘れたんじゃないの? まあいいわ。とりあえず風呂入ってこれで散髪に行ってきなさい!」
母は俺に一万円札二枚を投げつけてリビングへ消えていった。
「…………」
ま、まあいいさ。今日はこれくらいにしてやろう。
「ついでにこれで服も買ってきなさい」
一万円札三枚を投げつけて、母はもう一度リビングへ消えていった。
……いくら俺が覚醒したからといって、いきなりラスボスとの対決は無茶し過ぎたな。
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