第61話 ユスティーナと理想のお姉様2

「それでね、今日はとっても素敵なことがあったの!」

「今日は観劇に行ってきたのだったね。推しの女優にでも出会ったのかな?」


 嬉々とした声を出すユスティーナに相槌を打ったのは、父であるリーヒベルク公爵である。混じり気のない金髪に透き通った青い瞳を持つ父は、娘の目から見ても年齢を感じさせない美丈夫だ。


「今日は、メーデルリッヒ女子歌劇団の公演に行ったのだったわね。もしかして、ドレーヌ様かしら? それともーー」

 と問いかけてきたのは母である。彼女も観劇が好きなため、各劇団の有名どころの名前は押さえている。


 建国祭だからか、食卓にはめずらしく兄三人も同席している。たまには家族揃って食事でも、と母が召集をかけたのだ。ユスティーナも成長し、大人と同じ席で食事をとるようになった。もっと兄妹間で交流をするようにという母なりの気遣いだろう。

 しかし、今更長兄と次兄と何を話したらいいのか見当もつかないのだけれど。


 結果としてユスティーナは両親とばかり会話をしている。


「ううん。違うの。今日ね、劇場でとぉ〜ってもきれいな女性に出会ったの! あ、出会ったというのは語弊があるけれど。少し離れた場所からちらりとお顔を見ただけだから。とにかくね、とってもとっても美人さんだったのよ。今まで出会った中で一番きれいな人だったわ!」


「そうなの。どこかのお嬢さんかしら」


「多分そう。年はわたしよりも少し上で、二十前後ってところかしら。髪の色は茶色で、室内だったから目の色までは分からなかったのね。きちんと手入れをされた外出着を着ていたから、どこかいいところのお嬢さんだと思う」


 資本家の躍進が著しい昨今、上等な絹のドレスを身に纏っているから即ち貴族とは限らない。まだ社交デビューしていないユスティーナの知る貴族はごく限られているのだ。


「とってもきれいだったの。わたしね、常々妹が欲しいって思ってきたのだけれど、お姉様もいいなあって最近考えを改めたのよ」


「昔よく妹をねだられたわね」


 母が懐かしむように苦笑を浮かべた。


「わたしには三人もお兄様がいるのだもの。今日出会ったあの美人さんがお義姉様になってくれたらいいなあって。パッと閃いたのよ」


 ユスティーナは満面の笑みを三人の兄へ向けた。

 夕食が始まって初めて兄たちを意識した瞬間である。

 そして兄たちも、初めてこちらの話に関心を向けた瞬間でもあった。


「ティーナがそこまで気に入ったのならーー」


「ユスティーナ」


 父の言葉に被せるように、長兄リディウスが発言した。

 父とそっくりの顔をした兄は、厳しい表情を浮かべている。


「きみは寄宿学校で何を学んでいるんだ? 女子歌劇団とはいえ、劇場は社交の場所でもあるだろう。そのような場所で見ず知らずの女性に不躾な視線を送るのはいかがなものかな」


「そ、それは……」


 教師もびっくりなほどのお説教が飛んできて、ユスティーナの勢いが削がれた。

 普段関わりにならない長兄だからこそ、たまの会話がお説教というのは、心にグサッとくるものがある。父に似た美貌の持ち主のため、真顔に迫力があるのだ。


「すでに既婚、もしくは婚約者がいる可能性もあるのですから、父上もティーナ可愛さに先走らないように」


「リディ、自分に火の粉が降りかかりそうだからって、ティーナに牽制するのはどうなのかな」

「公爵家の娘であるユスティーナの発言には、一定の重さがあるのだということを理解しておくべきなのだと言いたいだけですよ」


 父のとりなしにも長兄が態度を軟化させることはなかった。

 この話題はここで終わりとするためか、母が兄たちへ近況を尋ね始めたのだった。




 まさか、あそこまで拒絶反応を示すとは。

 長兄との久しぶりの会話が、ほぼ説教だった。

 はあ、とため息を溢しながら自室へ帰ろうとするユスティーナを、兄三人が引き留めた。

 圧が強い。などと壁に背をつけながら思った。

 三人の兄たちは真剣そのものといった顔で妹であるユスティーナを見下ろす。場所が違えば強盗のような絵面である。


「ティーナ。今後は絶対に父上たちに余計なことを言うなよ」


 口火を切ったのは三番目の兄だ。一番歳が近いため、昔から一番気負いなくやり取りができる相手でもある。


「余計なことって?」


 夕食の件なのだろうが。ひとまずすっとぼけてみる。


「父上と母上に、俺たちの結婚について、絶対に横やりを入れるなよ。この女性がいいと思うとか。そういう類いのやつ!」

「わたしは素敵なお姉様が欲しいの!」


 そう主張したユスティーナだったが、兄三人の迫力顔に勝てるはずもなく。

 結果として、彼らの結婚相手を推薦するような言葉を絶対に言わないよう約束させられたのであった。



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