第60話 ユスティーナと理想のお姉様1
ユスティーナは、リーヒベルク公爵家の四番目の子供として生を受けた。四人兄妹の末っ子だ。一番上の兄とは十二歳も歳が離れている。次兄とは九歳だ。
物心ついた頃には二人の兄たちは寄宿学校で暮らしていたため、ユスティーナの中では実の兄というよりもたまに会う親戚の兄のような距離感である。
すぐ上の兄とは五歳差のため、ユスティーナの中で兄といえばすぐ上の兄、を指す。それでも一緒の子供部屋で過ごした期間はあまり長くはないけれど。
リーヒベルク家におけるユスティーナは紅一点。つまり、同性の姉妹がいないのである。これには昔から非常に不満があった。
小さな頃に一度両親に言ったことがある。「妹が欲しい」と。
すると母から「女神様次第かしら」と言われた。赤ちゃんは夫婦で女神様にお祈りをすると、女神様が授けてくれるらしい。とても気まぐれだから、祈っても授からないこともあるのよ、と続けられた。
まあ、よくある子供騙しである。
幼いユスティーナはこれを信じて、それ以降しばらくの間は夜眠る前に毎日「お母様のお腹の中に妹を授けてほしい」とお祈りをしたものだ。
結局、母のお腹に妹が宿ることはなく、ユスティーナは十五歳になった今もリーヒベルク家の末っ子の座を維持し続けている。
「昔は妹がほしかったけれど、最近はお姉様の存在もいいなあって思うようになったの」
「寄宿舎特有の現象よね」
同室のジネットが訳知り顔で頷いた。自分よりも一歳年上というだけで大人っぽく感じるのは、十代という思春期を迎えた少女特有の感覚であろう。
ユスティーナが寄宿舎に編入して二か月が経過していた。
王都ルーヴェ近郊に立つこの寄宿学校は修道院に端を発し、歴史も古く、十二歳から十八歳までの女子生徒を受け入れている。入学年齢は特に決まっておらず、十二歳から入学する者もいれば、家庭学習で十五、六まで過ごし、行儀作法見習いのためと社交の予行練習のために二、三年だけ編入する者もいる。
ちなみにユスティーナの場合は後者で十五歳になった今年編入してきた。
最初は女の子ばかりの集団生活ってどんなものだろうと、戦々恐々としていたのだが、同室のジネットのおかげもあり、数ヶ月経過した今はすっかりこの生活にも慣れた。
まあ、規則は厳しいなあとは思うけれど。消灯後の秘密のお茶会も寄宿生活の醍醐味である。
少女時代の一歳の年の差というのは大きい。自分とそう変わらないと思うのに、やけに大人っぽく見えるのである。そして同性だけで過ごす寄宿学校内では、特定の上級生と下級生同士が擬似姉妹のように仲睦まじく過ごす光景が見られるのである。
そのような環境で暮らしていればユスティーナが「お姉様」という存在に憧れを抱くのも自然の流れであった。
「ティーナは誰に憧れているのよ?」
「うーん……。なんだかんだと皆仲の良い後輩がいるのよね」
休み時間や消灯前の自由時間に姉妹のように仲良く寄り添う彼女たちを見て羨ましく思ったのだ。ちょっと良いなと思う上級生のお姉様方には、もれなく取り巻きの下級生がおり、ぴたりと張り付いているのである。
「寄宿舎内で探さなくてもいいもの。わたしにはお兄様が三人もいるのだし。これから理想のお姉様探しをすることにするわ」
ユスティーナはやる気に満ちた声を出したのだった。
季節は、冬真っ盛り。二月はフラデニアの建国記念の祝日がある。
この日は宮殿で大きな宴があるため、冬の間領地に戻っている貴族たちもわざわざ王都へ出てくる。
建国記念に合わせて、五日ほど休暇になるため、ユスティーナは王都ルーヴェに建つリーヒベルク公爵家の街屋敷に戻ってきていた。
寄宿学校の同級生から観劇に誘われたのだ。彼女の母親が公演切符を用立ててくれたのだという。贔屓にしている女優の初主演公演のため、張り切って切符を買いまくったのだそうだ。
フラニデア名物、女性だけの歌劇団は本日も満員御礼だ。
メーデルリッヒ女子歌劇団は女性歌劇団の中でも一番人気で、ユスティーナは昨夏初めて母に連れてきてもらった。煌びやかな世界観に圧倒されて、他の観客の例に漏れずファンになった。
社交の場でもある劇場には、大抵の場合男女のペアで訪れるものだが、女子歌劇団の場合は勝手が違う。
ここは、女性に夢を見せる場所。夢の世界に男性は不要なのである。
そのため、劇場を訪れる観客は女性の割合が圧倒的に多い。
皆、新作公演を前にテンションが爆上がり。ロビーに集う観客は、パンフレットを開き、事前の情報交換に余念がない。
女子歌劇団ファン歴が浅いユスティーナは、同級生の母が同担(というらしい)の友人と熱く語り合う横で、同じく盛り上がる観客たちを何とはなしに眺めていた。
そのさなか、一人の女性に目が引き寄せられた。
(わ……。あの人、とってもきれい! わたしが今まで出会った中でも一番だわ)
茶色の髪を緩くまとめた、ユスティーナよりも数歳年上の女性である。おそらく二十前後。まるで熟練の職人が魂を削って作り上げたかのような、精巧な人形のようにも思えるほどの美しさ。不躾だとわかっていても、人生で出会った中で一番の美人を、つい視界の端に入れてしまう。
(見つけたわ、わたしの理想そのもの! お姉様になってもらうのなら、あの人がいい!)
ユスティーナ・レヴィ・リーヒベルク、無自覚面食いが発覚した瞬間であった。
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