次世代編
第58話 リーヒベルク公爵家の子供たち
「ただいま」
「あ、お母様!」
王都ルーヴェから帰宅したユディルが子供部屋を覗くと、息子が立ち上がり駆け寄ってきた。
こちらに飛びつかんばかりだった息子リディウスが急に立ち止まる。
同席する家庭教師が「ゴホン」と咳払いをしたからだ。
リディウスは、しまった、というような顔を作ったのち、礼儀正しい所作で挨拶を行う。
「おかえりなさいませ、お母様」
「よくできました」
ユディルはリディウスの頭を撫でた。
すると、少々澄ました顔をしていた息子が褒められて嬉しいとばかりに満面の笑顔になった。
もうすぐ六歳になる長男は今日も可愛い。
指に触れる金の髪はさらさらで、晴れ渡った空のように澄んだ青い瞳は子供らしく純真そのもの。夫エヴァイスに髪と目の色どころか容姿を色濃く受け継いでいるが、性格は似ても似つかず素直で純粋。
どうかこのまま擦れないで真っ直ぐ育ってほしい。切に願う。
その時、ドンッと膝の辺りに塊が突進してきた。
次男だ。こちらはまだ幼児のため礼儀作法よりも本能優先である。
「ははうえ」
「ただいま〜」
抱き上げると次男がご機嫌に笑う。
また重たくなったかな。腕にかかる負荷を感じながら思う。子供の成長は早い。
上流・中流階級では、子供と大人は生活空間が分け隔てられている。子供たちは基本的に領地で乳母や世話係に育てられるものである。
エヴァイスは外交関連で政治に携わっているため、社交期以外でも王都ルーヴェへ頻繁に赴く。必然的にユディルも帯同することになるため、一週間以上留守にすることも珍しくない。
「今回は少し長く留守しちゃったわね」
「お祖父様もお祖母様も屋敷にいるので、寂しくありませんでした」
「じゃあ、ぎゅーってしなくてもいいの?」
「僕はもう六歳になりますから」
息子よ、大人の階段を登るのが早すぎやしないか。
次男はまだまだ甘えたい盛りで、今もぎゅうぎゅうとしがみついてくるのに。
ユディルはちょっぴり悪戯心を出すことにした。
抱いていた次男を下におろし、「リディ」と長男の名前を呼びながら勢いよく抱きついた。
「ちょ、うわっ!」
「お母様はリディたちに会えなくて寂しかったの」
抵抗は最初だけで、リディウスは母の抱擁を受け止める。
大人ぶりたかっただけなのか、素直に甘えるのが恥ずかしかったのか。両方だろうと思う。
でも、もう少し母に付き合ってほしい。
バタン、と扉が開閉音と共に「ユディ!」と呼ばれる。
確かめるまでもない。夫だ。
あっという間にユディルの側へとやって来たエヴァイスは、抱擁する親子の間に手を入れ、引き剥がそうとする。
「リディ、ユディは私の妻だ。離れなさい」
「大人気ないわよ、エヴァイス」
リディウスの抱擁を解いたユディルは夫を睨みつける。
「私が目を離した隙に、ずるいじゃないか。私だってユディと仲良くしたい」
「あなたとはルーヴェで散々一緒だったでしょう」
「仕事ばかりでちっとものんびりできなかった」
仕事のためにルーヴェまで赴いていたはずなのに、どうして口惜しそうなのだ。
そして家庭教師も同席する子供部屋で大人気なさすぎる行動は遠慮してほしい。
すでに公爵位を継いだというのに、中身がこれでは威厳も何もあったものではない。
「子供たちだって両親が留守にしていて寂しい思いをしていたのよ。あなたはまず、この子たちにおかえりの挨拶をしてちょうだい」
ユディルは呆れた声で夫を促したのだった。
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