第54話 ユディルの里帰り2
子供部屋を卒業したユディルは大人たちと同じように一人部屋を貰った。宮殿に上がるまで使っていた部屋は、やはりというか主不在の間は使用人たちによってきちんと片づけられていた。
エヴァイスは、ルドルフも入ったことのないユディルの元生活空間に入れてもらえることが出来てご満悦だった。
どうしてあの従兄と張り合うのか、いまいち理解が出来ないユディルである。
「はいはい。気が済んだでしょう。さっさと出ましょう」
今は無人だとはいえ、やっぱりどこか気恥ずかしいためユディルはエヴァイスの後ろに回って背中を押した。
その後は夕食まで城館の周辺を散策する流れになった。
年の瀬も迫った十二月である。外を吹く風は冷たく、日差しはどこか弱弱しい。緑よりも茶色が目立つ、どこか物悲しい景色ではあるが、歩いていればそのうち身体も温まるだろう。
エヴァイスと手を繋ぎ、二人は目的もなく庭を歩く。
「子供の頃のきみはどこで遊んでいたの?」
「そうねえ」
ユディルは記憶をたどるように、歩く方向を定めた。
城館の奥には庭が広がっている。森も含めるとかなりの敷地だ。趣の異なる庭をいくつも造成するのが貴族の風雅な趣味でもある。
「そういえば、この先に迷路があるんだった」
「へえ」
低木を植えて作れられた迷路の庭はお遊びの一種だ。
「子供の頃迷子になったわ」
ユディルは懐かしくてくすくすと笑った。今にして思えば、そこまで凝った作りでもない、それこそ子供だましの迷路だ。
「じゃあ一緒に行ってみる?」
「そうね」
常緑樹はユディルの胸よりも下の高さで切りそろえられていて、大人になってから挑戦するとあっという間に出口までたどり着いてしまった。
「あっけないわね」
「本気で迷わせるようなものを作るわけにはいかないだろう? 客人がうっかり迷い込んだら大変だ」
「それもそうね」
「他にはどこで遊んでいたの? そういえば、乗馬もよくしていたんだろう」
エヴァイスは彼の知らないユディルの子どもの頃に興味津々だった。
ユディルとしても、こんな風に素直に彼と実家の敷地内を歩くのは初めてのことだった。昔はいつも彼に意地を張ってばかりだったし、顔を合わせれば喧嘩の日々。仲良くお散歩だなんてしたこともなかった。
こうして改めて一緒に歩くことがちょっと不思議だ。まさか、あのエヴァイスが自分の夫になろうとは、十代の自分は考えもしなかっただろう。
(ん……? なにか、思い出したような……)
なんだろう。今、なにか頭をよぎったような気がした。
ユディルは首をひねった。記憶の泉から気泡が浮かび上がるような感覚がしたのだが。
(気のせいかしら)
特に深追いすることもなく、ユディルはエヴァイスの案内を続けた。
そのついでに子供の頃のエピソードもいくつか話した。
たいていが他愛もないことで、そんな風に話をしていると、ある思い出が頭に浮かんだ。
それは、ユディルがまだほんの子供の頃のこと。
アニエスと一緒に遊んでいた時のことだった。確か、兄の冒険小説を二人で読んで、いや、聞かされたのか、まあとにかく。その物語には宝箱が登場した。主人公は宝箱に自分のおたからや手紙を入れて土に埋めたのだ。
それをアニエスと一緒に真似しようという話になった。子供は得てして何でも真似したがる生き物である。
(そうそう、思い出したわ。確か、この辺りに埋めたのだったわね。何か、手紙的なものを書いたような……気がする)
城館の裏手に広がる庭園の外れに差し掛かり、ユディルは遠い日の出来事をよく思い出そうと、辺りの風景を睨みつける。
誰かに掘られたらことである。というか、よく思い出した、自分と褒めてやりたい。
「――ユディ?」
「え、あ。はいっ」
自分の考えに没頭していたユディルは隣から聞こえてきた夫の声に慌てて返事をした。
「どうしたの?」
「いいえ。なんでも。懐かしいなって」
実際には子供の頃の遊びを思い出して焦っていたのだが。
「そろそろ戻ろうか」
「え、まだ大丈夫よ。懐かしいし、もうちょっと歩こうかしら」
ユディルは大げさなくらい笑顔を作った。
「寒くない?」
「とっても元気よ!」
ユディルは勇み足で進んだ。ユディルがいいのなら、とエヴァイスも付き合ってくれるが、本音を言えば一人きりで思い出に浸かりたい。
その後ユディルはエヴァイスそっちのけで、アニエスと宝箱を埋めた場所の特定に躍起になった。
集中したおかげか、おぼろげながらも候補地を思い出すことができ、こっそり誓った。
この滞在中に絶対に掘り返すと。
翌日。
ベランジェ伯爵家に客人が訪れた。ユディルたちの結婚祝いを述べに叔父夫婦がやってきたのだ。一緒に昼食を摂り、男性陣はそのまま別室にて経済談議に入った。
どうやらベランジェ伯爵領に鉄道駅ができるらしい。ベランジェ伯爵領は河沿いにあり、昔から物流拠点として栄えてきた。
城館から一番近い街に駅を誘致することにしたらしい。これからの時代、鉄道駅の有無で街の発展が大きく変わってきてしまうのだという。
(鉄道はルーヴェを起点に地方へ伸びていくものね。もしもここまで鉄道が伸びれば、里帰りも楽になるかも)
とはいえ、線路の建設にはお金も時間も街の整備もかかるわけで、何年も先のことになるだろうが。実際、鉄道が登場してから十数年ほど経過しているが、フラデニア全土に鉄道網が行き渡っているわけではない。
そして、ユディルの現在の重要事項は鉄道ではない。
子供の頃の黒歴史を誰にも悟られずに回収することである。昨日、あれから思い出したのだが、幼いころの自分は手紙を書いて入れたような気がする。
一体何を書いたのだ、と思い出そうとするもさすがに詳細までは無理だった。
というわけで可及的速やかに宝箱を掘り返す必要がある。ユディルは歓談の場からそっと抜け出すことにした。家族とエヴァイスに内緒でブツを掘り起こさなければならない。
ユディルは建物裏手に回り、誰もいないことを確認した。庭番にシャベルを借りたいのだが、理由が理由だけに言い出しづらい。というわけで勝手に拝借することにした。
幸いにも、物置小屋にはだれもいなかった。
木製の扉をそっと開けて、目当てのものを手に取る。予想よりも少々大きいが仕方がない。さっさと済ませることにする。
ユディルは昨日あたりをつけた場所に急いだ。
「確か……この辺りだったはず」
景気よく地面を掘り返したが、結果は外れだった。
「うーん……。じゃあ次の候補地」
とりあえず掘り返した土を埋めて、第二候補地へ向かった。
よし、と気合を入れてシャベルを地面に突き刺しているときだった。
「ユディは一人で何をしているの?」
「えっ、わっ」
突然に後ろから声がして。しかもそれが一番見つかりたくないエヴァイスで、ユディルは慌てた。
「あなたこそ、一体ここで何をしているの!」
振り返ると、やはりというか当然というか、涼しい顔をした夫の姿。
「きみが何か企んでいそうだったから、追いかけてきた」
「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。別に何も企んでなんかいないわよ」
「じゃあユディはここで何をしているの?」
「それは……」
いい年をした大人が、曲がりなりにも淑女がシャベルで地面を掘り返しているところをばっちり見られた。
何かいい言い訳がないものか。ユディルは必死になって考えた。
しかし、何も出てこなかった。
「ユディの様子が昨日からちょっとおかしかったから。何かあるのかなって注視していたら、案の定だった」
にこやかに言われても嬉しくもなんともない。
「別におかしくはないわよ」
「じゃあ私の目をちゃんと見て」
エヴァイスに促されて、ユディルは彼と目を合わせた。隠し事があるせいか、数秒すると彼から視線を逸らしたくなってしまう。そういう機微に彼が気づかないわけもなく。
「それで、地面を掘り返すことに何の意味が?」
「……あなたには関係ないでしょう」
これはユディルの過去の清算なのだから。だが、そんな言い訳で納得しないのがエヴァイスという男である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます