第52話 秘密のお茶会

前からやりたかった、男装令嬢~のレカルディーナとエルメンヒルデとユディルのお茶会。

完全に作者の趣味です。どちらも読んだよ、という方向けです。

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「もうすっかり、元気になったわね」


 大きな窓の近くに設えられた丸テーブルの上には色とりどりの可愛いお菓子がずらりと並んでいる。白磁のカップの中にはお茶やミルクを入れたコーヒーなど、各自好きなものが置かれている。


「はい。元気が有り余っているのに、殿下は心配性なんです」


 ユディルが水を向けると、レカルディーナが可愛らしい唇を尖らせた。

 金茶色の髪の毛は、ユディルの記憶にあるよりもずいぶんと、いや少年のように短くなっている。薄い緑色の瞳は昔と同じく生気に溢れている。


「けれども、お姉さまは銃で撃たれたのですわ。わたくし、ベルナルド殿下のことは好きではないですけれど、彼のお気持ちは分かりますわ」


 と、金色の髪の少女が隣国の王太子殿下に対して若干不敬な物言いをした。

 今日は三人でささやかなお茶会なのである。


「銃で撃たれたって、単にちょっとかすっただけよ」

「まあ! ちょっとというどころではありませんでしたわ!」


 金髪の少女、エルメンヒルデが眦を吊り上げる。


「わたしも心配したのよ。突然に呼ばれて来てみたら、レカルディーナがけがをしたというのだもの。しかも、髪の毛がわたしよりも短くなっているし」

「あはは……。それはまあ、色々と事情がありまして」


 少年のように短い髪をした少女、レカルディーナがコーヒーに口を付けた。


「色々あって、今じゃベルナルド殿下の婚約者だものね。もう、急展開過ぎて付いていけないわ」

「それは、わたしもですけれど」


 ユディルが大げさに息を吐くと、レカルディーナが同意した。


「ええと、女組のオーディションを受けたくて髪の毛切ったら、お兄さんに賭けを持ちかけられたのよね?」


「はい」


「その賭けの内容が、男装して王太子殿下のもとで働いて一年間バレなければ、自由ってことだったのよね?」


「そうです。その兄も、先日到着しましたね」


 レカルディーナが乾いた目でカップの中身を見下ろした。

 レカルディーナの生家はアルンレイヒの侯爵家だ。けがをした妹を見舞うために馬車と列車を乗り継いで隣国までやってきたのだ。妹思いのいい兄である。その割にレカルディーナの表情はさえない。


 しかし、先ほどのとんでもない賭けを持ちかけたのが、到着した兄だというのだから、驚いてしまった。


「賭けの内容、無茶ぶりが過ぎない?」

「ええ。けれど、女組で男役を演じるのであれば、このくらい出来て当然、いい練習になると言われれば、女としては受けないわけにもいかなくて」


 そのまえにオーディションを受けるにあたり、長い髪の毛をばっさりと切ったというのだから、レカルディーナは度胸のある娘である。


「それで、紆余曲折を経て、ベルナルド殿下に求婚をされて、レカルディーナも返事をした、と」

「……はい」


 最後、彼女は頬を赤くしたこくんと頷いた。

 その顔はどうみても恋する女の子のそれで、ユディルは微笑ましくなった。


 彼女とはフランチェスカを通じて知り合った。同席するエルメンヒルデはフラデニアでは由緒正しい公爵家の娘だ。王家の親戚筋でもあるため、昔からフランチェスカと交流があった。


 そして彼女たちはフランチェスカと同様に、メーデルリッヒ女子歌劇団のファンでもある。女組とは、女子歌劇団を指す俗称だ。ルーヴェっ子は皆こう略す。というのもこの劇団には男性と女性の団員からなる組もあるからだ。


 ユディルがレカルディーナのもとに呼ばれたのは、怪我をした彼女の世話ためだった。髪の毛の短い彼女の容姿に驚くことがないよう、同じく短い髪の毛のユディルが呼ばれた。それから口の堅いも小間使いも。


「お姉さまがあの男のものになってしまうだなんて」

 未だに納得できないのか、エルメンヒルデはご機嫌斜めだ。


「男役への未練は断ち切ったのでしょう?」

「……ええ。今は、その……殿下の側で、彼の力になれれば、と」


 健気な答えにユディルの方がじんわり胸が熱くなる。それはまさに恋する乙女の回答そのものではないか。


「あの、レカルディーナがねえ。おっと、これからはレカルディーナ様ね」

「今はまだ正式な婚約者でもないし、ユディルさんから様付けされるのは慣れないので今のままで」


「国に帰ったら正式な婚約者になるのでしょう? パニアグア侯爵家なら、家柄的にも問題は無いのだろうし」


 ユディルが付け足すと、レカルディーナが曖昧に首を動かした。

 まだ、実感がわかないらしい。その気持ちはよくわかる。


「ユディルさんも結婚されたのですよね?」

「ええ、まあ」

「お相手はどんな方なのですか?」


 矛先がこちらに向いてきた。迎賓棟はある意味隔離された空間で、彼女はアルンレイヒの人々に囲まれている。ユディルの夫についてはよく知らないらしい。


「ええと、まあ普通の人よ」

(中身は変態だけれど)


 と、心の中だけで付け加えておいた。


「普通……ですか」

 レカルディーナはなにやら考え込んでいる。


「ユディルさんも、前に会ったときは、結婚にはあまり興味がなさそうだったのに。やっぱり、家の圧力があったのですか?」

「ええ……まあ、そうねえ」


 まさか兄が駆け落ちしましたので、とは言えない。

 ユディルは曖昧にぼかした。


「わたくしも、今回うっかりベルナルド殿下のお見合い相手にされそうになりましたもの。大きな家というのもめんどうですわ」


 ふう、とエルメンヒルデが息を吐いた。公爵家のご令嬢にも悩みが尽きないのである。


「わたしは、一回目の縁談の時は髪切って逃げたけれど」

「結婚云々ではなくて、髪切った人間がここにもいますね」


 ユディルとレカルディーナは仲良く返事をした。


「ですが、わたくしこう考えましたのよ! 結婚が義務だというのなら、わたくし、そのお相手をアルンレイヒで見つけますわ」


「え」

 ぽかんとしたのはレカルディーナだ。


「だって、お姉さまはアルンレイヒから動かないのでしょう? でしたら、わたくしがかの国へ行けばよいだけなのですわ」

「なるほど」


 ユディルはうっかり納得してしまう。いや、この場合、大好きなお姉さまと離れたくないという理由で嫁ぎ先を決めるエルメンヒルデにツッコミを入れた方がいいのか。


「エルメンヒルデ、そんなことで結婚相手を決めちゃってもいいの?」

「もちろんですわ」


 動揺するレカルディーナに、エルメンヒルデは飛び切りの笑顔で言い切った。


「わたくし、適当な殿方を引っかけて、すぐにお姉さまを追いかけますわね」

「……ええぇ」

「思い切りがいいわねえ……」


 これにはユディルもちょっと呆れてしまった。

 貴族の娘にとって結婚は義務だろうが、方向性が斜めに突き抜け過ぎである。


「アルンレイヒ貴族にこだわる必要はないのよ。こういうのは縁なのだから」

「頑張りますわ」


 レカルディーナの言葉もエルメンヒルデにとってはどこ吹く風だ。

 ユディルが知っている限り、この公爵令嬢は一つ年上のレカルディーナを盲目的に慕っている。怪我をした原因が己にあるということもあり、当初は粉々に砕けてしまうのではないかというくらい狼狽していた。


 レカルディーナが無事に目を覚ましてからも、毎日迎賓棟に日参をしてレカルディーナのために身の回りの世話をしているくらいだ。

 現在彼女のもとにはアルンレイヒから馴染みの女官が到着をして、レカルディーナの主な仕事はアルンレイヒ側の世話役とルーヴェ・ハウデ宮殿側の担当部署との取次役になった。

 あとは、こうしてお茶の席を囲んだり、散歩に付き添ったりしている。


「絶対に分かっていないわ……」

 ぼそりと呟くレカルディーナと目が合い、一緒に苦笑した。


「それで、話を戻しますけれど、ユディルさんのお相手。一体誰なんです?」

「えええ~、戻るの?」

「はい!」


 レカルディーナはわくわくした顔でこちらを見つめてくる。

 お茶とお菓子と女の子。この組み合わせで恋の話が始まらないわけがない。


「なんていうか……幼なじみ?」

「わあ、素敵。小さいころからの仲なんですか?」

「出会ったのは、十四くらいの頃かな。初対面が最悪でね。喧嘩ばっかりだったわ」

「小説でもありますよね。喧嘩ばかりの相手といつの間にか……って」


 どうやら彼女、女組の公演が好きというだけあって、恋愛小説もそれなりに嗜んでいるらしい。


「いや、そんな可愛いものじゃない……わよ」


 ユディルの頬に朱が走った。

 人から言われると、どうにも恥ずかしいし、否定したくなる。


「それで、どうやって愛を育んだんですか?」

「いや、育んでいないわよ? なんていうか、外堀を固められて、気が付いたら結婚式当日だったというか。ものすごい速さで結婚式が決まって、大変だったのよ」


「結婚式かあ……。まだ全然実感がわかないな」

「お姉さまはわかなくてよいのですわ」

「式の記憶なんて無かったなあ。気が付いたら結婚契約書に署名をしていて、全てが終わっていたわ」


 それぞれ、己の心の内を吐く。


「告白はやはり旦那さんの方からですか?」

「告白って……。ただの政略結婚よ。そういうレカルディーナは、その言い方だと、ずいぶんと情熱的に口説かれたってわけね」


「え、えええ。いえ、そんな」

「顔、赤いわよ」


 ユディルが指摘をすると、レカルディーナがさらに狼狽える。


「や、あの。ちが……わな……。いえ。普通です。普通に嫁に来い的なことを」

「まあ! あの男、なんてことを!」


 エルメンヒルデが怒り出す。この場にいないベルナルドに対して敬意もなにもあったものではない。彼女にとって彼は、王太子ではなく、大好きなお姉さまを横取りした憎き敵なのだ。


「ううう~。わたしにばかり言われてずるいです。ユディルさんも吐いてください」

「レカルディーナが勝手に墓穴を掘ったのでしょう?」


 ユディルはうふふ、とカップに口を付ける。


「そうですけどぉぉ」


 レカルディーナの絶叫が室内にこだました。

 女の子だけのお茶会はまだまだ続くのである。


*゚。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚あとがき+。。.。・.。゚+。。.。・.。*゚

書影が解禁しましたので活動報告に掲載しました。

下のリンクから飛んでみてください。

(活動報告に飛びます)


https://kakuyomu.jp/users/miray_fairytown/news/16816700426458330982

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