第49話 夫は妻と男装プレイをお望みです1
それは外を吹く風の中に冬の冷たさが混じり、街路樹を彩る葉っぱがはらはらと風とダンスを踊りながら地面へ落ち始める季節のことだった。
「ユディ、いいものが出来上がってきたんだ」
エヴァイスがとても上機嫌に帰宅をした。
こういうときの夫は危険だ。その爽やかすぎる笑顔が怪しい。
「おかえりなさい」
突っ込み待ちの夫の台詞をさくっと無視をしてユディルはただ挨拶だけを返した。
「ただいま、ユディ」
エヴァイスはユディルを軽く抱きしめて、そのついでに耳を舐めた。
「ひゃんっ」
耳がとても弱いユディルは身体を震わせる。
「あなたね……悪ふざけをする暇があるのならさっさと書斎にでも行って手紙を読んできたらいいんだわ」
「その前に。きみへの贈り物」
エヴァイスは結婚してからというもの、ユディルに贈り物ばかり与える。ドレスや装身具、それから流行りのお菓子に裁縫道具などなど。いろいろな物をこの短期間のうちに贈られた。
「あなた、散財しすぎよ」
ここは妻としてユディルがしっかりせねばと思う。
「可愛い妻のためだから」
「その妻が困っているのよ。夫の金遣いが荒いと困るの。借金まみれになっていたらどうするのよ。わたしの女官時代の給金で返せる額ならいいけれど」
「あはは。ユディは気にしすぎだよ。このくらいの買い物、散財にも入らないから」
ユディルの心配は爽やかな笑顔で一蹴された。
「さあ、暖かい部屋で開けてみよう」
エヴァイスが目配せをすると従僕が白い箱を運んだ。
ユディルは観念をして夫に付き合うことにした。どうせここで何を言っても最終的には箱の中身を検めることになる。
二人きりになり、ユディルは仕方なしに箱を開けることにした。
リーヒベルク公爵家の夫婦で使っている居間にて、ユディルはするすると白い箱に掛かっているりぼんをほどいて、ふたを開けた。中身は衣服だった。
ユディルは上品な深い青色の布地を両手で掴み、目の前で持ち上げた。
「こ、これって……」
上着だ。それからトラウザーズに白いシャツにベストにクラヴァット。
なにか嫌な予感しかしない。このまま逃亡してしまおうか。しかし、夫は追いかけてきそうだ。
とにかく、何か言わないと……。
「ええと……男物の衣装……ね?」
「うん。でもサイズはユディにぴったり、女性用だよ」
「へえ……」
エヴァイスにしっかりドレスのサイズを把握されているユディルは乾いた返事をした。
これはもう、あの流れではないか。
「私も是非に、きみの愛らしい男装姿をこの目で見たくてね。そういう店で特注で作ってもらったんだ」
そういう店ってどういう店よ! という突っ込みが口から出ることは無かった。
それよりも、やっぱりね……という諦観の念の方が強かった。この夫は見たいと思ったら行動を起こすのだ。そのためのお金だっていっぱい持っている。
しかし、一応抵抗はしておかないと。
「あれはオルドシュカ様の顔に泥を塗らないためにしたことよ。遊びじゃないんだからね」
ユディルは男装の衣装を箱の中に戻した。
「けれども、きみの男装姿をフランチェスカ王女殿下はご覧になったんだろう? ずるいじゃないか」
「ず、ずるいって……」
「私はユディの夫なのに」
「夫だからって何でも見せるってわけじゃないのよ」
「きみのことは頭から足の指まで全部知っているのに」
「言い方!」
「本当のことだろう?」
ちらりと視線を寄越されたユディルは顔を赤らめた。どうして、そういうきわどい発言をするのだろう。
「と、とにかく。こんなもの作っても駄目ったら駄目よ」
ユディルはぷいと横を向いた。
エヴァイスは返事をせずに押し黙る。
それから少しの間ののち。
「じゃあ、勝負しようか」
エヴァイスは唐突にそんなことを言いだした。
ユディルはうっすらと眉を顰める。
「なによ、勝負って」
「簡単だよ。
「ティムス?」
「勝負に勝った方がお願い事をひとつ聞いてもらえるってことでどうかな」
「……お願いごと?」
「そう。私が勝ったらこれを着てほしい」
「わたしが勝ったら領地での滞在先は本館よ。別館に監禁だけは絶対にいや」
「うーん……まあ、仕方ないね」
エヴァイスはしぶしぶ認めた。
ユディルは忘れていない。夏の休暇で訪れたスウィニー城で思い切りエヴァイスから愛されたことを。あれは、色々と大変だった。
リーヒベルク公爵家の領地滞在については、エヴァイスは気兼ねなくユディルといちゃいちゃしたいという趣旨で本館のお城ではなく、同じ敷地内にある小さな館へ泊ることを希望している。そんなところに閉じ込められたら朝から晩まで抱かれっぱなしになる。結婚をして最初の領地訪問でそれは非常に居たたまれない。あの夫婦なにやっているんだ、とか思われる。それは勘弁してもらいたい。
「じゃあ勝負しましょうっ!」
互いにお願い事が決まったところでさっそく勝負を始めることにしたのだが、先に夕食の時間が来たため、勝負はお預けになった。
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