第44話 エヴァイスの華麗なる夏休み計画1
日差しのなかに太陽の力強さが感じられるようになった季節がやってきた。
本格的な社交シーズンの到来である。エヴァイスの心も浮足立った。
もうすぐ、エヴァイスのお気に入りの少女がルーヴェへとやってくる。普段は領地のお屋敷で温室栽培されている遠縁の少女であるが、両親のルーヴェ入りに昨年から伴うようになったのだ。
エヴァイスが密かに思いを寄せるユディルはついこの間十六歳になった。
エヴァイスはちょうど大学を卒業したばかりで、学生の身分から未来の公爵への第一歩を踏み出す年でもあった。
とはいえ、エヴァイスもまだ年若い青年というわけで。
義務よりもまずはユディル、というのが本心だ。
ユディルがルーヴェへ到着する日を指を折って待ち望む日々が続いていた。
いくら親戚とはいえ、ユディルとはそう簡単には会う機会はない。彼女は普段は領地のお屋敷に住んでいるし、訪ねるにしても理由が必要だった。この口実をひねり出すのが存外に難しい。時候の挨拶のため、という口実が仕えるのは夏と冬くらいなもの。エヴァイスもいままでは学生の身分でなにかと忙しかった。大学というところは遊んでいては卒業が出来ない大変に厳しい場所なのだ。それなりに馬鹿はやったけれど、それ以上に必死になって勉強もした次第である。
可愛い苺(ローズ)水晶(クォーツ)色の想い人がルーヴェに到着したという報せを受けたエヴァイスはさっそくベランジェ伯爵家の街屋敷へと赴くことにした。
土産に何か気の利いたものを持って行こうと思い、屋敷の執事にルーヴェで流行っている菓子店を調べさせた。
人気店の焼き菓子を手土産にベランジェ伯爵家を訪れると先客がいた。
「そういえば寄宿学校も今は休暇中だったね」
「そういえば大学も今は休暇中でしたっけね」
互いに似たような台詞を言い合い、にこりと笑みを顔に張り付かせた。
エヴァイスは金茶の髪の少年を見下ろした。少年特有のあどけなさが残る面立ちをした彼はルドルフといって、ユディルの従兄だ。彼の母親がユディルの父の妹という関係のため、エヴァイスにとっても遠縁にあたる。
「私はつい先日大学を卒業したばかりだよ」
「あー、じゃあ暇人ってわけだ」
「きみこそ、こんなところで油を売っていていいのかな。私が寄宿学生のときは夏の休暇といえどもほいほいと遊びに出かけずに、寮で勉強をしていたものだよ。大学の入学試験にむけて忙しいときだろう」
「俺は要領がいいから夏の間中必死こいて勉強しなくてもいいんだよ」
二人はびしばしと火花を散らした。
場所はベランジェ伯爵家の応接間だ。通された先に彼がいたのだ。互いに親戚という間柄で、伯爵に取ってみれば二人ともまだ少年という扱いなのだろう。一緒くたに相手をしようという心づもりらしい。
「私でよければ小論文の添削くらいしてあげるよ。綴りの間違いもきちんと赤をいれてあげよう」
「だっれが、おまえなんかに頼むかよ! 俺はそんなミスはしないからな」
その場が剣呑な雰囲気になったとき、かちゃりと扉が開いた。
「おお、二人ともよく来たね」
「あれ、エヴァイス兄さんとルドルフなんて珍しい組み合わせだね」
ベランジェ伯爵と長男のアルフィオが入室をし、二人の対面に腰を落とした。エヴァイスの後輩でもあるアルフィオは親戚という間柄もあって気さくに話しかけてくる。隣に座るルドルフはアルフィオに対しては大人しい。一応年上の従兄ということもありそれなりに気を使っているのだ。エヴァイスに対して容赦がないのは、彼がルドルフのお気に入りにちょっかいをかけているからだ。
「そこでたまたま会ったんだよ。優雅に夏の休暇を満喫しているだなんて、よほど学校の成績に自信があるんだね。私なんかルドルフの今の年の頃など、休暇返上で勉強していたよ」
エヴァイスは嫌味半分、さわやかな笑みを浮かべた。
「へえ。エヴァイス兄さんは要領よさそうだけれど」
「せっかくルーヴェ大学を志すのだから主席合格をしたいだろう?」
「なるほど。俺は……そこまでの根性はなかったなぁ」
アルフィオがへらりと笑うとベランジェ伯爵が「おまえはもうちょっとエヴァイスを見習え」と横に座る息子を小突いた。
「まったく。エヴァイス兄さんのせいで俺が怒られるよ」
「アルフィオはきちんと結果を出しているだろう」
「ありがと」
「ルドルフも来年は入学試験か。たしかに、この夏は大事な時期だな。大丈夫なのかい?」
「俺は別に……主席合格を狙っているわけでもないしだな」
矛先を向けられたルドルフは唇を突き出した。
「そうか。けれど、向上心を持つことは大事だよ。うちのユディルの面倒をみるのもいいけれど、今年は己のために時間を使うことを優先したほうがいいのではないかい?」
「伯爵のおっしゃる通りですね。自分自身の将来のためですから」
エヴァイスがすかさずベランジェ伯爵に追随するとルドルフはさらに面白くなさそうに眉をぎゅっと眉間に寄せた。
エヴァイスはにこりと付け加える。
「もちろん、ルーヴェ大学を志しているんだろう?」
「あったり前だろ!」
エヴァイスの卒業したルーヴェ大学はフラデニアの最高学府だ。政治学部で学んでいたエヴァイスの同級生には自身のように政治家を目指す者の他に官僚や地方役人を志す者も多くいた。
「きみが私の後輩になる日を楽しみにしているよ」
「いまから楽しみにしているといいぜ」
二人の視線がビシバシと絡み合い、背後からは冷気が漂う中、ベランジェ伯爵だけがのほほんと「いやあ。青春だねぇ」とコーヒーをすすった。
ちなみにこの日、ユディルは友人宅へ遊びに行っているということで不在だった。ルドルフと小突き合いをしに訪れたようなものであった。
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