第43話 フラれた彼は拗らせている 後編
二年ぶりに再会をしたユディルは大人の女性へと変貌を遂げていた。少女らしいあどけなさが抜け、一段と美しくなっていた。
「あ、あなた。いつのまに帰国をしていたの?」
宮殿でばったりと出くわすと(もちろんエヴァイスは故意に、だ)、ユディルは驚いた声を出した。
「帰国をしたのはつい先日。久しぶりだね、ユディ」
「……久しぶりね。リーヒベルク卿」
ユディルは声を落とし、硬い表情の上にかろうじて笑みを浮かべた。
エヴァイスは片眉を器用に持ち上げた。
ユディルの言葉によそよそしさを感じたからだ。
「エヴァイスって呼んでくれないの?」
「なによ、あなたもオルドシュカ様に取入りたいわけ?」
ユディルの声が一段と低くなる。
フラデニアの王太子妃オルドシュカは現在子を身籠っている。長年子宝に恵まれなかったのだが、ついに念願叶って妊娠をしたオルドシュカの元には祝いの言葉が多く届いていることは想像に難くない。そのことについてユディルは思うところがあるようだ。
「妃殿下への挨拶ならきみを通さなくても、リーヒベルク公爵家の名前を出せばそう遠くないうちに叶うはずだよ」
「……それもそうよね」
ユディルがすたすたと歩きだしたためエヴァイスはそのまま彼女の隣を歩いていく。
「どうしてあなたが付いてくるのよ」
「偶然だね。私もこちらに用事があるんだ」
「ふうん。じゃあもうちょっと離れて歩いて頂戴」
「どうして?」
「わたしはあなたと話す用事なんてないもの」
「ユディ、そんなにもつっけんどんな態度だと女官としては落第点だよ」
「あなた以外にはめちゃくちゃ愛想よく接しているわよ。落第点どころか花丸よ」
「私は心配だよ。そそっかしいきみのことだから色々とやらかしているんじゃないかと」
「失礼ね! オルドシュカ様も、ユディがいると頼りになるわっておっしゃってくださるんだから」
「すぐに喧嘩を吹っかけて妃殿下がフォローに回っているとかじゃなくて?」
「わたしが喧嘩をするのは今のところあなただけだから!」
「へえ。それは光栄」
「ぜんっぜん光栄でもないわよ。エヴァイスがそうやって人をおちょくるからいけないんでしょう」
「私は別にユディをおちょくってなんかいないよ。疑問を口にしただけだ」
「その質問内容がわたしを馬鹿にしているのよ!」
「ユディ、それこそ言いがかりというものだよ」
「……ほんっとう、ああ言えばこう言う男ね」
「ユディも、相変わらず元気一杯のおてんば娘加減でかわいいね」
「なっ……! いつまでも子供っぽいことをさせるのはあなたの言動に問題があるからでしょ!」
「ああほら、あんまり大きな声を出すと他の人がびっくりするよ」
「あなたのせいでしょ!」
ユディルはエヴァイスから逃れるように、早歩きで去って行ってしまった。
エヴァイスはにんまりと口元を緩めた。相変わらずユディルは可愛い。とても可愛い。
二年ぶりに会った彼女はまるで変わっていなかった。そして、相変わらずエヴァイスのことを天敵を見るかの如く、全身でこちらを威嚇してくる。エヴァイスはそういうときのユディルが大好きだ。全身全霊でエヴァイスに挑もうとするその瞳が愛おしい。本当はとろとろに甘やかしたいのに、彼女がこちらだけを見つめてくるあの視線も捨てがたくついいじってしまうのだ。
昔のように軽口をたたき合い、エヴァイスは内心ホッとした。
彼女はエヴァイスとの縁談を厭い宮殿へ逃げたのだ。再会をした直後逃げられるかもしれないといささか緊張していたのだが、彼女は昔のままだった。
己の強張った心を悟られたくなくてだいぶユディルをからかってしまった。
彼女は元気よくエヴァイスに反論をしてきた。エヴァイスの心の機微などまるで思いもよらないかのごとく昔のままだった。
それが嬉しいのか悔しいのかエヴァイスには分からない。
それでもエヴァイスはユディルの視界に入りたかった。だから女官としてのユディルと少しでも接点を持ちたくて、使いっ走りのようなことも積極的に行った。
ユディルは王太子妃の女官として多くの人と接する機会がある。女官は仕える主と外部折衝役を担うからだ。エヴァイスは王太子妃オルドシュカの予定を調べ、ユディルが訪れそうな場所へ先回りをすることを日課にした。
しつこくユディルの周辺に出没しまくり、エヴァイスとユディルが気の置けない気安い間柄であるということを見せつけたおかげもあり、宮殿内にはエヴァイスとユディルはとても仲が良いという認識が広がった。
これはエヴァイスのためにもありがたかった。
いまだに独身で決まった相手もいないエヴァイスは、年頃の娘を持つ貴族の家にしてみたら鴨がソース器をしょって歩いているようなものらしく、帰国をしてからたくさんの招待状が舞い込んだ。社交シーズンではないのに、一度我が家へお越しください、ルーヴェに残っている娘が異国の話を是非に拝聴したい云々、というお誘いがひっきりなしに届いた。そんなものにうっかり顔を出したら明日には婚約を整えられてしまいそうだ。エヴァイスはオレールに厳命をした。絶対に招待を受けるなと。
オレールは主人の無茶ぶりに頭を抱えたが、秘書というのはそういうものである。
エヴァイスはしつこいくらいにユディルの周りをうろちょろし、今ではオルドシュカ付きの女官、ユディルの同僚たちもほほえましく見守っている。
エヴァイスの努力と根性が身を結ぶのはもう少し先の話である。
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