第40話 女官はときに体を張るんです!

「まあまあ。ルーヴェで流行っている女子歌劇団風のおもてなしだなんて。素敵だわぁ」


 フランチェスカの妹が歓声を上げれば同じ席に着くユディルよりも年下の令嬢は頬を染めながらユディルのことを凝視している。


「そうでしょう。彼女はわたくしのお気に入りの女官なのよ。ユディル、とっても似合っているわ。あなたったら、今まで出し惜しみをするんだもの。でもいいわ。こうやってわたくしの長年の夢をかなえてくれたのだから」

 うっとりとした声を出すフランチェスカにユディルは騎士がするように胸の前に手を当てお辞儀をした。


「まあまぁ。素敵ねえ」

 なぜだか場がわっと盛り上がる。

「お美しい姫君たちにお仕えできること、恐悦至極に存じます」

「きゃぁぁぁ」

 今度もまた黄色い悲鳴が上がった。


 昼食が終わった頃を見計らい、オルドシュカ付きの女官たちはフランチェスカ付きの女官の元へ走った。正直にこちらの手違いを打ち明け、部屋を変わってもらえるよう交渉した。ユディルの男装を手土産として差し出すと、一番にフランチェスカが食い付いた。


 現在女性だけの歌劇団にお熱のフランチェスカは事あるごとに短髪のユディルに男装姿の披露を願っていた。散々逃げ回っていたユディルだったが、今回これを交渉に使ってもらうことにした。カシュナ夫人も「その手があったわね!」と期待の目を向けてきた。


 結果としてユディルの目論見は当たった。

 フランチェスカは嬉々としてユディルに自前の男装衣装をあてがい、親族らを緑の間へと引き連れていった。男装の麗人(と形容するにはユディルはきりりとした容姿ではないと思うのだが)を堪能するには緑の間くらいの広さがちょうどいいとはフランチェスカの談だった。


 フランチェスカ付きの女官に案内をされ、彼女自慢の男装コレクションを見せられた時にはユディルはほんの少しだけ引いた。騎士装束に着替えたユディルは緑の間でフランチェスカのために手ずからお茶を注いだ。フランチェスカは頬を赤く染めてうっとりとその様子を眺めていた。違う世界に足を踏み出しかけた気がするのはどうしてだろう。そして男装の騎士に茶の給仕をされるという貴重な体験をした他の女性陣も頬を淡く染めている。


「やっぱりルーヴェはいいわね~」

「こういう華やかなところがフラデニアのいいところよね。懐かしいわ」

「そうでしょう。せっかくだから本場の歌劇団の公演も観に行きましょう。もう少し長く滞在するといいわ」


「わたくし、フラデニアで結婚相手を探してみようかしら」

 一番若い娘、フランチェスカの姪孫がぽそりと呟いた。


「あらいいわね。そうしたらわたくしと一緒に女組の公演を観に行きましょう」

「女組?」

「そうよ。ルーヴェっ子はメーデルリッヒ女子歌劇団のことをそう略するのよ」

「まあ。そうなんですの。……女組……女組……。ふふふ。覚えましたわ」


 フランチェスカの姉妹や親族らは楽しそうに会話をしているから、ユディルとしても一安心をしたのだった。


 その後ユディルは二度衣装替えを所望され、最後はフランチェスカお気に入りの演目の台詞まで言わされた。素人の棒読み台詞なんて楽しくもないだろうと思うのに、フランチェスカは始終ご満悦で、緑の間の使用期限ぎりぎりまでユディルの男装姿を楽しまれた。


 王太子妃主催の音楽会も盛況のうちに終わり、ユディルが戻るとみんな口々にお疲れ様とねぎらってくれた。

 同僚たちと目を合わせるとそれぞれがひと仕事やり終えた達成感に満ちた眼差しをしていた。ユディルも結果この危機的状況を無事に乗り越えることができて満足だった。


「ああわたくしもユディルの男装の騎士姿を一目見たかったわ」


 とはオルドシュカの感想だ。それからこっそりと「ありがとう」と労ってくれた。この言葉だけでユディルの心は満たされる。オルドシュカのために働くのが自分の役割だからだ。

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