第39話 期間限定で女官復帰します2
事件は翌日に起こった。
「レヴィヨン嬢、あなたきちんと日付を伝えなかったのですか!」
珍しくカシュナ夫人が大きな声を出している。控えの間には女官たちが詰めている。人の出入りも激しい室内で、カシュナ夫人の詰問を前にココベラが肩を縮こませている。
「わ、わたくしは確かに……二十九日に百合の間だと。二十八日は緑の間だと……」
「ああもうっ。逆だわ。逆。ていうことは今日は緑の間が抑えられているということに……」
カシュナ夫人は文字通り頭を抱えた。
「わたくし……」
ココベラはぽろぽろと泣き出してしまった。
「ああもう。泣いても仕方ないでしょう」
カシュナ夫人は首を振った。
室内の光景に気を取られつつユディルは本日開催される音楽会のための奏者が到着したとベレニーク夫人に伝えた。現在奏者たちは控えの間で待機をしてもらっている。百合の間を使用することは宮殿の儀典官への届け出が必要になる。宮殿に住まう王太子妃とはいえ気軽にどの部屋でも使えるというわけではない。特に今の時期のように式典があり、各国からの客人をもてなす必要がある場合は必ず儀典官へ話を通さなくてはならない。
カシュナ夫人の話を要約すると、本日の百合の間使用の申請をココベラに指示した。オルドシュカが小規模の音楽会を開催するためだ。音楽会といっても、少人数の奏者を招き、演奏を聴きながらお茶を飲むというもの。とはいえ西大陸の主だった国の貴族階級の婦人が参加をする高貴な会だ。時間は午後三時から。事前準備のため午後一時半からの使用許可を取っているはずだった。しかし、使い走りをしてきた下級女官が顔を真っ青にして帰ってきた。儀典庁に控えてある宮殿部屋の使用管理帳には翌日の日付が書かれていたというのだ。本日の百合の間の使用者は王妹のフランチェスカで、終了時刻は午後三時ごろ、となっている。内容は昼食会。その後の雑談を含めた時間割りなのだろうが、往々にして女性という生き物は話好きで、時間通りに終わる保証はない。
(緑の間だと部屋が狭いから音楽家を招いてのお茶会は無理だわ)
ユディルがエヴァイスとの縁談をオルドシュカから聞かされた思い出の部屋でもあるが、あそこでは手狭過ぎる。
「その後の確認はちゃんとしたのですか。儀典官から日付管理表を取り寄せることくらいはできたでしょうに」
「そ、そんなことまでわたくしの管轄なのですか」
「……いいわ。とにかく時間がありません。ユディル、それから―」
ユディルは暖炉の上の置時計で時間を確認した。現在午後一時前だ。オルドシュカはつかの間の時間を息子との触れ合いに使っている。
「他の間で使えそうなところもすべて埋まっておりますわ」
呼吸を乱した別の女官が口をはさむ。残念ながら大きな広さを誇るルーヴェ・ハウデ宮殿とはいえ、高貴な客人のおもてなしにすべての部屋が使えるかといえばそういうわけでもない。とくにこの期間は各所で色々な集まりの場が開かれている。王太子妃の面子にも関わるため宮殿の隅っこの開いている部屋で、など論外だ。
カシュナ夫人はユディルと他のベテラン女官に順番に顔を向けていった。今はココベラの責任を追及しているときではない。
「フランチェスカ様方は昼食を楽しまれています。二時にもなれば食後のお茶という頃合いでしょうか」
「そうですね。ではどうにか二時には部屋を明け渡してもらうよう準備をしましょう」
ユディルが口を開くとカシュナ夫人の目に力強さが戻った。
今後やるべきことは、どうやってことを大事にせずフランチェスカに百合の間を明け渡してもらうかどうかだ。こちらの不手際なのだから正直に告白をする必要はあるが、フランチェスカへの配慮も必要だ。
客人に不快な思いをさせずに部屋を移動する案を出さなければならない。幸いにもオルドシュカとフランチェスカの仲は良好だ。これが両者犬猿の仲であれば大変なことになったのだが、現在両者に確執めいたことは存在しない。とはいえ、王太子妃付きの女官の失敗は主の不手際にもなってしまう。
「わ、わたくしが謝ればよろしいんですの? わ、わたくし、ここのやり方などまだ何にも知らないんですのに」
ココベラが明らかに怖気づいた声を出す。
カシュナ夫人はちらりとココベラを見やった。
「わたくしたちの失態は王太子妃殿下の失態でもあります。そのことをよく覚えておくように」
カシュナ夫人の重々しい言葉にココベラが顔色を無くす。黙り込んだココベラにカシュナ夫人は彼女への関心を失った。今はそれどころではないからだ。部屋の扉が開き、女官がフランチェスカの客人の情報を抱えた書類を持ってきた。フランチェスカの五人の姉妹やその親族が今回フラデニアを訪れている。姉妹にとっては久しぶりの帰国でもある。昼食会の参加者は全員が女性のみで、フランチェスカの妹が二人と姉の娘や孫も含まれている。
フランチェスカは気さくで朗らかなお人だ。オルドシュカとの関係も良好で、こちらの失態に揚げ足を取ることはないだろう。それでも、部屋を譲ってもらうのだから相応のお礼をせねばならないし、大事なのは誠意を見せること。それもとびきりの。
ユディルは色々なことを考えた。
そして腹をくくった。
「カシュナ夫人。わたしに、考えがございます」
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