第38話 期間限定で女官復帰します1
各国の賓客が迎賓等へと迎え入れられていき、ルーヴェ・ハウデ宮殿は一気に騒がしくなった。フラデニアの近隣諸国の王族やら有力貴族が一堂に集まっているためだ。迎える側のフラデニアの王族も宮殿に集まり、毎日何かしらの接待の場が設けられている。西大陸には多くの国が存在し、またフラデニア王国自身も多くの国と国境を有している。海には一部面しているけれども、国土が大きいためいくつもの国がお隣さんとして存在している。
国王の思い付きによる式典だが、近年大きな行事が無かったこともあり、国同士の友好を図り国力を誇示するためにも開催する意義は大きい。多くの人々が国外から訪れるためルーヴェも活気づいているし、自領の特産品を売り込むしたたかな貴族たちは自分たちの屋敷で趣向を凝らした催し物を開いていると聞く。また、ルーヴェ音楽院を卒業した音楽家らは宮殿に呼ばれその腕前を披露する機会を貰え、とても誇らしげだ。演奏を気に入られれば外国へ招かれる可能性だってある。
「それにしても、まさかアルンレイヒが王太子を引っ張り出してくるとは思わなかったわ」
「ほんとうね。ずっと病弱で離宮で静養していたのでしょう」
リュシベニク夫人が感嘆すればベレニーク夫人もゆっくりと頷いて同意した。東の隣国アルンレイヒが親善大使として寄越したのは世継ぎでもある王太子だった。まだ二十代半ばの青年である彼は病気静養のため離宮に籠っていたと聞くが、このたびの式典で公務復帰と相成ったようだ。
「担当の女官が胃をきりきりさせていたわ」
「もし、殿下の具合が悪くなったらこちらからも世話用の女官を出さないといけないかもしれないわね」
貴人に付く女官はそれなりの地位の人間が求められる。午前中の懇談会が終わりホッとする間もなくベレニーク夫人とリュシベニク夫人が難しい顔をする。想定外のことが起こった場合に備えて頭の中でいくつかのパターンを組んでいるのだ。
ユディルもしっかりと現場復帰の許可をエヴァイスからもぎ取ってきた。もちろん泊まり込みでだ。
オルドシュカの予定も当然のことながら詰まっていて、午後の予定のためのドレスを準備しているところだ。特に午後はルーヴェ市内にある美術館を表敬訪問するため気が抜けない。各国の婦人たちも同行するためドレスの色にも気を配らなければならないし、昼間のため派手な宝飾品を着けることも好ましくない。
「ユディルも一応頭の中に入れておいて頂戴ね」
「はい」
「あ、あの。殿下のお世話でしたらわたくしたちが代わりにしますわ」
ユディルが簡潔に返事をした後、ためらいがちに声を掛けたのはユディルと入れ替わるように入ってきた女官見習の令嬢たちだ。オルドシュカの話し相手兼見習い女官たちは式典の間戦力として頭数に入れられている。それくらい忙しいということでもある。
「考えておきましょう」
ベレニーク夫人は一言だけで返事をした。やる気を見せた令嬢二人はベレニーク夫人のかしこまった返事を聞いてこくんと頷いたが少しだけ不満そうだった。アルンレイヒの王太子は現在決まったお相手がいない。そのため親善大使として訪れている各国代表の中でも群を抜いて玉の輿候補になっている。
二人の娘たちに見えないようにリュシベニク夫人がユディルに向かって小さく肩をすくませた。まったく、困ったものだわとでも言いたげに眉を少し下げていて、ユディルも同じように少しだけ首を下に傾けた。
隣国の王太子の世話をするのだから宮殿に上がったばかりの新米に任せるわけにもいかないだろう。迎賓棟を管轄する女官は別にいるため、まさかこちらに手助けの要請が来ることはほぼないだろうが、万が一のためにあとで王太子の人となりとか同行している貴族たちのプロフィールを確認しておこうとユディルは頭の中のやることリストの中に付け加えておいた。エヴァイスに言うとまたややこしいことになるから内緒にしておくことも忘れないようにしなければ。
王太子妃殿下と各国からの客人との美術館の表敬訪問もなんとか無事に終わった夕方、令嬢たちがこっそりと「せっかくの女官なのだからせめてアルンレイヒの王太子殿下とお近づきになりたいですわよね」とか「なんのためにこんな忙しく働いているのかわかったものじゃないですわ」とか愚痴を言い合っているのを聞いてしまった。
ユディルは自分も年を取ったなぁ、と内心慄きつつこの台詞を心の中で吐いてしまう。
(まったく……。最近の若い子は……)
そもそもオルドシュカ付きの女官なのだから隣国の王太子とお知り合いになる機会などよっぽどのことがない限り無理だし、その前にしっかり王太子妃殿下にお仕えしろと言いたい。どうにも彼女たち新米は独身男性と知り合いになれる素敵な場所、という認識しか持っていない。
ユディルは頭が痛くなってきたが、それよりも最近自分よりも年下の子にたいして「最近の若い子は」と思う回数が増えてきていることにショックを受けている。今まではユディルが一番の下っ端だったのに。これが年を取るということだろうか。
一日の仕事を全部終わらせ女官としてあてがわれた部屋に戻るとエヴァイスから手紙が届いていた。最近の新しい日課だ。短いけれどもこちらを気遣う文面を見るとユディルの頬は自然と緩んでしまう。誰かが自分のことを気にしてくれていると思うとささくれだった心から棘が抜けていく。もっとも、早く二人きりになっていちゃいちゃしたいと書かれてあるのだが。それもまあ愛嬌ということでユディルはくすりと笑って眠りについた。
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