第37話 従兄のその後
結局子作り行為は週に四度までという取り決めになったのだが、一緒の寝台で眠っているとエヴァイスは必ずユディルにいたずらを仕掛けてきて、ユディルは夫のいたずらに翻弄され、なし崩し的に身体を許してしまう。
昔とは違った方向にいじわるになった夫に翻弄されつつ、けれどもそうやって二人で戯れていることが嫌いではなく、むしろどんどん好きになっているのだからユディルは自分がかなりエヴァイスのことを好きになっていると認めざるを得ない。
夏が終わり九月に入ると本格的に忙しくなってきた。
秋になっても式典への出席を控えた貴族たちはルーヴェから離れずユディルはエヴァイスの妻としての社交と王太子妃付きの女官として召喚される日々を過ごしている。通いになっても宮殿は人手が足りず、ユディルとしても必要とされているのは嬉しいのでほぼ宮殿に日参している。
そうやって日々を過ごしているとアニエスが面白い情報を仕入れてきた。曰く、ルドルフが南方の国へ外交官として赴任することになったというのだ。
「嘘でしょ。あのルドルフが?」
ユディルとしては寝耳に水で目を大きく見開いた。
ちなみに場所はルーヴェの商業地区にあるカフェで、素っ頓狂な声を出したユディルに周囲の客が幾人か視線を向けてきた。
「そうなの。びっくりでしょう。式典が終わった後出立らしいわ」
「あいつが、外交ねえ……」
とんでもない人選じゃないか、と思うのだけれど心のどこかでしばらくは平和に過ごせそうとホッとしている。薄情な従妹でごめんと思うけれど、実際色々な仕打ちをされてきた身としては正直な感想ではある。
「あいつ性格悪いから絶対失敗すると思う」
しれっとそんなことを吐くアニエスも小さなころから男爵令嬢と見下され、それなりに辛酸を舐めてきた。わかりやすく弱い者いじめをするルドルフに女二人は「これでしばらくは嫌な顔を見ずにすごせるわねー」と本音を言い合う。
しかし急だな、とも思った。ひとしきり幼いころの愚痴を二人で吐き出すとアニエスがさらに声を潜めて「どうやらあなたの夫が関与しているらしいわよ」と言った。
「エヴァイスが?」
ユディルが驚くとアニエスが頷いた。エヴァイスは現在外交方面で政治の研鑽を積んでいる。自身も二年ほど外国に駐在しており、そちらの方面に伝手があるのかもしれない。
(もしかして手っ取り早くルドルフを追い払おうとした……?)
エヴァイスに聞いたら爽やかな笑顔を返されそうで、ユディルはしばらくこの話題に関しては触れないでおこうと思った。外国でいろんな人に揉まれればルドルフも一皮むけるかもしれない。頑張れば出世につながるし失敗をすれば失脚だ。
「ルドルフのやつ、ちょっと引いてたらしいわよ」
「頑張れば自分のキャリアになるのね」
「大使じゃなくて下っ端人員らしいからね~」
アニエスはどこかすがすがしい。下っ端となればそこまで威張れないのが痛快といったところか。二人はその後も幼なじみの気安さで社交界の話題やら流行のドレスやお菓子などたくさんの話題で盛り上がりカフェを後にした。お忍びでカフェに行けるのがアニエスのよいところで最近気の張ることの多かったユディルはとてもよい気分転換になった。
屋敷に帰ると執事からドレスが届いていると伝えられた。
結局即位記念式典にはエヴァイスの妻として参列することになってしまった。結婚をしてリーヒベルク公爵家の一員になったからにはそちらを優先しなさいと敬愛するオルドシュカからも釘を刺されたからだ。結婚というのは大変だなと現在ユディルは痛感している。リーヒベルク公爵家からは代々受け継がれてきた宝飾類も届いており、当日はそれらを身につけることになっている。家の歴史を背負った宝石の数々に、幾分流行を抑えた式典用のドレス。
ユディルは到着したばかりのドレスにそでを通し、入念に確認をした。
侍女がドレスの細部を念入りに目視しているとエヴァイスが帰宅をした。
「ドレスが出来上がったんだって」
妻のための部屋へと入ってきたエヴァイスは着替えたユディルを眺めて満足げに数度頷いた。
「やっぱりユディには濃い色が似あうね」
式典用のドレスは深い青色だ。しかし地味過ぎず、深みのある上品な青色でドレスのスカートのふくらみはやや抑え気味。当日は胸元に代々伝わるダイヤモンドの首飾りをつけることになっている。
結婚をしてからというものエヴァイスが素直にユディルのことを褒めてくれるのが面映ゆい。褒めるのに混じってたまに軽口をたたき合って、けれども夜は甘い睦言を囁き合って。
「あ、ありがとう」
「フラデニア中の貴族たちが一堂に会する場できみのことを自慢できるのかと思うと今から顔がにやける」
「当日はちゃんと引き締まった顔をしてね」
「もちろん。きみに世界一カッコいい旦那様だと思ってもらえるように顔の筋肉を鍛えておくよ」
エヴァイスは嬉しそうに頬を緩めてユディルの軽口に答えた。ユディルはなんとなく気恥ずかしくなって近寄ってきたエヴァイスの胸に自分の頭を寄せる。当然のように彼がユディルの頭の上に口づけを落とし、顔を上に向けさせる。侍女が呆れた視線を寄越して来てもエヴァイスは気にせずユディルを構う。結婚したての頃なら絶対に頭が沸騰していたのにユディルはエヴァイスにされるまま唇をくっつけ合う。軽く触れるだけの口付けを何度か交わすことが思いのほか嬉しいことに最近気が付いた。このあとは互いに忙しくなるから今だけと心の中で言い訳をする。
昼間の空気の中にいくぶん冷たさが混じり始めた頃になるとユディルもエヴァイスもなかなか顔を合わせることができなくなるくらい忙しくなった。
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