第36話 夫の腕の中で

 そっと、寝台の上に寝かされる。そうするとユディルはまるで自分が迷子になったかのような心持になってしまう。

 いつも夫を受け入れる前はこうなってしまう。自分のすべてをエヴァイスにさらけ出すのは、まだ少し勇気のいることで。


 身体の奥に灯った熱情と、理性が混ざり合う。

 それでも、エヴァイスに組み敷かれ、濃厚な口づけを受け入れる頃には頭の中がゆっくりと霞がかっていく。

 口の中で互いを求め合い、感じていくうちにユディルの身体が弛緩していく。 


 ユディルは頭の片隅でこんな行為は彼以外とは絶対に出来ないと思いを馳せた。政略だろうと何だろうと一度好きだと認めてしまえば、ユディルはエヴァイス以外と肌を重ねる行為など出来るはずもない。


「ユディ、この行為が子作りだけのものじゃないって、きみだってそろそろ理解しているだろう?」

「……ぇ……?」


 エヴァイスがユディルの体にまとわりつく下着をすべて取り払う。普段隠された肌の上には新しいものから古いものまで、エヴァイスがつけていった所有印がたくさん散らばっている。


「ユディ、愛している」


 エヴァイスはユディルの片方の足を持ち上げて愛おしそうに口付けた。彼から身体の色々なところに口づけをされると、ユディルは自分がまるで彼の宝物になったかのような錯覚を覚える。優しく壊れものを扱うかの如くそっと口づけをされると心が震える。


 ユディルはどうしたらいいのか分からなくなる。子作りはしばらくお預けだとさっき言ったばかりなのに、彼から分け与えられる熱と快楽に魅了され、もっともっと欲しいと心が強請る。


 エヴァイスはユディルの両方の足を順番に舐め、その柔らかな肌の上に己のものだという所有印を上書きしていく。


 触れられた箇所が熱い。

 エヴァイスの唇が、ユディルの肌に触れるたびに、甘く切なく心の奥が疼く。


 もうとっくに分かっている。自分はエヴァイスのことが好きだ。きっと、昔から彼のことを気にしていた。いじわるなのに、二人で言い合っているとユディルはエヴァイスと対等になったみたいでどこか楽しかったのだ。口喧嘩ですら楽しんでいて、顔では迷惑を装っていたけれど、素をさらけ出せることのできるエヴァイスは貴重で大事な友人でもあった。


 そんな彼が夫になって、ユディルのことを好きだと言って甘やかしてきて。それなのにたまにいじわるで。言葉の中にある甘さがにユディルはいつも翻弄されている。

 戸惑いはいつしか熱に変わり、エヴァイスに求められ優しくされるごとにユディルの中で彼への気持ちが変化をしていった。


「ユディ、愛しているよ。私の可愛いユディ」


 さあ、もっと啼いてごらん。エヴァイスの甘い声がユディルの頭に響く。


 いつの間に、彼はユディルに対して砂糖菓子よりも甘い声で囁くようになったのだろう。この声を聞くとユディルの中の理性はあっさりと切れてしまう。かろうじて保っていた均衡が崩れていく。

 きっと、彼はわかっているのだわ、とユディルは最後にそんなことを考えた。


 頭の中も身体もエヴァイスの色に染められていく。

 夫に縋り、求められるままに甘い声を出して、彼から口づけを与えてもらって。

 ただ、この人の熱を感じたい。

 もっともっと近くへきて。そのことしか考えられなくなる。

 ユディルは狂おしいほどに、エヴァイスを渇望する。


「エヴァイス……好きっ……」


 気が付くと、ユディルはぽろりと気持ちを唇に乗せていた。

 エヴァイスへの想いが溢れてきて、どうしようもなくなった。


「ユディ、初めてだね。きみが私に好きだと言ってくれたのは」

 ユディルの告白を聞いたエヴァイスは満面の笑みを浮かべた。嬉しくて堪らないとその瞳が言っている。


「ユディ、もっと私を求めて」


 夫の艶めかしい声が耳朶をくすぐる。

 優しくて、蜂蜜のようにとろとろした声に身体と心が反応する。

 ユディルは夫の名前を何度も口にした。

 ユディルはエヴァイスに請われるまま、何度も彼の名前を呼んだ。


 どうしてだかわからないけれど、胸の奥から言いようのない感情が沸き上がった。たくさんの愛情を示されて、最後に彼のものを奥で受け止めて胸が一杯になった。


「エヴァイス……」

 大きく肩を上下させているエヴァイスがユディルの上に倒れ込む。彼は体を横向きにしてユディルを抱きしめる。頬や髪の毛に幾度も口づけを落としてきた。

「さっきの言葉、もう一度聞かせて?」

「さっき?」

「私のこと、好きだって」


 ユディルは頬を赤くした。営みの最中、熱に任せてエヴァイスに気持ちを伝えた。一度ことを終わらせた後に、改めて請われると気恥ずかしい。あれはなんていうか勢いのようなものだから。ユディルは夫の腕の中で呻いた。


「は、恥ずかしい……」

「ユディ。私のどこが好き?」

 エヴァイスはユディルの耳朶を食む。吐息の熱に背中がぞくぞくする。少し低くて優しい声に心の内側がざらりと撫でられたような錯覚に陥った。この声、そしてこの近さは反則だと思った。

「ん……。その……」

 改めて問われると難しいなと思う。気が付いたら好きになっていた。


 いじわるなところもユディルにだけ素の表情を見せてくれるところも、ユディルに対して若干言動が怪しいところも、たぶんそういうのを含めて全部エヴァイスで。好きと認めるとユディルの心の中にすとんと落ちてきたから、きっと彼のことを考えてもやもやしていた頃からずっとエヴァイスのことを気に掛けていたのだと思う。

 

 それに、ユディルたち伯爵家のことを考えて行動をしてくれていたことも嬉しかった。短い髪の毛のままのユディルを認めてくれて、好きな長さにしたらいいと言ってくれたのも実はとっても嬉しかったし、だからこそユディルはまた髪の毛を伸ばしてみようかなと素直に思うことができた。


「あなたは、わたしにいろんな顔を見せてくれるから……。変態なところも含めてたぶん、好き」

「うん? 変態?」

「……だって、夜は……その。……しつこいし」

 こういうときも素直になりきれなくてユディルは内心呻いた。ユディルの意地っ張りなところもきちんと理解をしているエヴァイスはそっと瞼の上に口づけを落とした。


「きみへの愛情だよ」

「……知ってる」


 ぼそりと囁くとエヴァイスが破顔した。

 それからもう一度口づけを落とされた。ついばむ様に優しく唇を食まれるとユディルは抵抗することもなく小さく唇を開き夫を招き入れた。徐々に深くなっていく口づけを交わしながら、エヴァイスは横抱きのままユディルの胸や腰を撫でていく。熱を孕んだ夫の息遣いに頭の奥がくらくらした。


 吐息を漏らし、息遣いが互いに荒くなっていく。ユディルは夫の背中に両腕を回した。子供作るための行為は想像よりももっと甘い毒でユディルを快楽へと誘っていく。好きな人と熱を分け合い共に溺れていくような感覚に身をゆだねる。荒い呼吸と合間にたくさんの愛の言葉を囁かれて、ユディルはその夜何度もエヴァイスに好きという言葉を伝えた。




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