第30話 好きという気持ち

 一度ことが終わり、ユディルはエヴァイスの腕の中で浅い呼吸を繰り返していた。それはエヴァイスも同じで荒い呼吸をしつつ、腕の中に閉じ込めたユディルの背中を撫でたり髪の毛に指を埋めたりしている。


 いつの間にかエヴァイスの腕の中が自分の居場所だと感じるようになっていた。

 女のそれとは明らかに違う太くて固い腕の中でユディルはそっと目を閉じた。エヴァイスはユディルがそこにいることを確かめるように何度も背中を撫でていく。時折頭や頬に口づけを落とされる。


 その優しい行為にユディルはまどろむ。

 エヴァイスの胸に体を押し付けられ、彼の熱を感じていく。蕩けそうなくらい暖かで、胸の鼓動が耳をかすめると赤子のように安心した。不思議だった。男の腕の中で無防備に自分をさらけ出すことも、この腕の中が心地よいと思うことも。なにもかもが全て。


 ユディルはとろとろと瞳をまどろみながらゆっくりと体を動かしエヴァイスの背中に自身の腕を回す。

 ユディルよりもずいぶんと広い背中は、固くて適度に引き締まっている。ユディルはなんとなく指先で彼の背中を辿っていく。


「どうしたの?」

 少しだけくすぐったそうな声が聞こえてきた。

「ううん」


 軍隊にいるわけでもないのにエヴァイスは無駄な肉が一つもない。かといって筋肉ばかりが目立つというわけでもなく、ユディルは、その固い胸板に触れていく。思えば肌を合わせるようになって、エヴァイスのことをじっくり観察したことはなかったなと考えた。最初の頃はとにかく恥ずかしくて、自分のことで精いっぱいで周りを気にする余裕などなかった。


「今日は積極的だね」

 楽しそうな声を出されてユディルは少しだけ押し黙る。別にそういうわけではないのだけれど、エヴァイスの立ち位置がユディルの中で少しずつ変わってきて、彼のことを知りたくなった。

「……男の人って、女性の体とはまるで違うのね。固いわ」

 改めてエヴァイスは自分よりも大きいのだな、と感じている。


「ユディはやわらかいね。それにいい香りがする」

「変態」


 エヴァイスが少しだけ起き上がりユディルの首筋に顔を近づけるものだからユディルは警戒をした。油断をするとエヴァイスはすぐにユディルの耳や首筋に息を吹きかけたり、舐めたりする。


「私が変態なのはユディにだけだけれど」


 その発言もどうかと思うのに、ユディルは自然と頬を緩ませてしまう。これまでだったらそんなことを言われたら絶対に反論をしていたのに、最近どうにもおかしい。エヴァイスの変な発言に慣れてしまったのだろうか。


「私の体が珍しい? 興味があるならもっと引っ付いてくれて構わないよ」


 エヴァイスがゆっくりとユディルの髪の毛を梳き始める。

 短い髪の毛を何度も丁寧に指で梳かれて、ユディルはなんだかもったいない気持ちになった。もっと長ければいいのに、なんて思っている自分がいて、その変化を自然に受け入れている。


「……髪、伸ばしたほうがいい?」

 ユディルはぽつりとつぶやいた。

「どうしたの? 急に」

 返事をする夫の声はとても優しくて穏やかだ。こんな風に彼と会話をできる関係になっていることがユディルにしてみたらとても不思議だった。


「……リーヒベルク夫人が、短い髪をしていたら……」


 やっぱり、よく思われないわよね、と続けようとするが、それも今更だなと思う。女官時代はずっと肩から長く伸ばすことなんてなかったのに。それでも、エヴァイスまで何かを言われるのは嫌だなと思ったのだ。


「私はどちらでも構わないよ。最初は髪を切るほど私のことが嫌いだったのかってショックを受けたけれど誤解だって分かったからね。どちらのユディも可愛いし、似合っているから」


 さらりと今のユディルを受け入れてくれて、ユディルの心が軽くなる。どちらでもいいのなら、久しぶりに伸ばしてみようかな、なんて心が浮き立った。そうしたらエヴァイスはもっと長い間ユディルの髪の毛を梳いてくれるだろうか。すぐに彼の指から零れ落ちる今の長さでは寂しい。でも、それを正直に伝えるにはまだユディルは素直になりきれていない。


 ユディルはエヴァイスのことを見上げた。薄青の瞳の中に暖かさを感じてユディルは無意識に口元を緩める。それからゆっくりと腕を持ち上げて、いつもされているように今度はユディルがエヴァイスの髪の毛を撫でていく。するとエヴァイスが瞳を細めた。ユディルは何度もその行為を繰り返す。


 寝台の上に甘い空気が出来上がる。先ほどまでの子作りのためのこの行為がもっと別の意味を持ってしまいそうになる。


「ユディから口づけて」

 艶のある声を出した夫を、ユディルは真っ赤に染めた頬のまま見やる。

「あ……えっと」


 自分からするなんてまだ恥ずかしい。けれどもいつもの意地っ張りな自分は鳴りを潜めていて、どうにかかなえてあげたいと思っている。


 ユディルの戸惑いを感じ取ったエヴァイスは「口じゃなくていいから。頬とかに」と告げてきた。

 ユディルは身を起こしてエヴァイスの頬に唇を押し当てた。簡単な行為であってもとても勇気のいる行動で、ユディルの心臓が早くなる。


 エヴァイスは満足そうに微笑み、それからすぐにユディルの唇を奪った。


「ん……」


 唇を塞がれるとあっという間に主導権がエヴァイスへと移る。ユディルはエヴァイスの求めのままに舌を絡ませ、奥へと夫を誘う。呼吸ごとすべてを吸われ、ユディルはけれども最初の頃のように戸惑うこともなく夫のするままに任せる。頭をしっかり固定され、エヴァイスは顔の角度を変え執拗にユディルの口内をまさぐる。ユディルはエヴァイスの背中に腕を回した。どうしてだか心の奥が渇いていた。熱を分け与える行為に子供を作る以上の意味を考えてしまう。


 エヴァイスに求められて、身体を捧げて、それでもまだ足りなくて。

 ユディルは口づけを繰り返す最中、ふと思った。

 わたしはエヴァイスのことが好き。

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