第26話 朝からお風呂場に拉致されました
緑と水に囲まれた、美しい田舎の古城。
優しい朝日が薄い紗のカーテン越しに室内に降りかかる。ユディルはうっすらと瞳を開けた。見慣れない天井画と室内の装飾に、ここはどこだろうと訝しむ。それからすぐに、ここは王家所有の古城だったと思い出す。
ユディルは身じろぎをしようとしたが、あいにくと体の自由が利かない。それもそのはず。背後からしっかりと夫によって抱きかかえられているからだ。自分のそれよりもたくましい腕によって捕まっている今の状況はまさに囚われの姫君そのもの。
(いや……姫違うし。それはさすがに言いすぎよね)
ユディルは即座に己につっこみを入れた。
「……ユディ、起きた?」
すぐ後ろから声が聞こえた。
どうやらエヴァイスも覚醒したらしい。少し緩んでいた腕にぎゅっと力が込められたのを感じ取ったユディルは体を動かして自由を要求する。
「せっかくだから朝のお散歩に行きたいわ。こんなにも素敵なお城に招待されたのに、わたしたち昨日から一歩も外に出ていないのよ」
「当たり前だろう。ここにはユディを愛でるために来たんだから。誰にも邪魔されること無く子作りに専念できる素晴らしい休暇だと思わない?」
「思わないわよ!」
ユディルは身の危険を感じて反射的に叫び返した。ついでにごろんと夫の方に体ごと向いた。
寝台の上で、二人は鼻と鼻がくっつくくらいに密着をしている。
「到着してからすぐに寝室に籠るとか! ちょっともう、本気で恥ずかしいから。お城でわたしたちのお世話をしてくれる人を直視できないくらいに恥ずかしいわよ!」
「でも、ちゃんと夜は寝かせてあげただろう?」
そこでエヴァイスはかぷっとユディルの鼻の先を甘噛みした。
ふいうちにユディルは顔を赤くする。いつものいじわるなのに、触れられた鼻のあたまがとっても熱い。エヴァイスの甘い瞳に酔いそうになって、ユディルは慌てて全身に気合を込める。
「そういう問題でもないのよ。情緒の問題よ!」
「そういう、ユディの奥ゆかしいところも可愛いけれどね。寝台での乱れっぷりを見せつけられたら……」
「言い方!」
心外だ。ユディルは相変わらず頬を真っ赤に染めたまま夫を睨みつける。断じて乱れてなどいない。あれは……エヴァイスがいけないのだ。ユディルの弱いところばかりを攻めてくるから。例えば……と昨日の真昼間の情事をさまざまと頭に思い浮かべたユディルは、結局声を発することはなかった。
夫に乗せられるままに何かを話そうものなら、彼のペースにからめとられてしまうだけだ。
一方のエヴァイスは起き上がり寝台の近くの紐を引っ張る。
ほどなくして召使が現れた。ユディルは自分がいま寝衣を身にまとっていることに安堵をした。それから、なんだかんだと言いつつ夜はしっかり寝かせてくれた夫に感謝をした。
たしかに到着早々寝室に閉じ込められ、夫婦のむつみ合いに発展したけれど休暇は始まったばかりなのだし、さすがにずっと寝室にいるわけにもいかない。
スウィニー城の周りは自然をそのままに残した景色が残っている。
湖の周りを歩くのもいいし、森を散策するのもいい。少し足を延ばして牧場に行くのも楽しそうだ。ルーヴェに住んでいると動物を間近で見ることはできないし、ユディルはずっと領地で育てられてきたため小さい頃はそれなりに動物とも仲が良かった。女官時代は忙しくて里帰りもしなかったから、久しぶりに童心に帰って牛や鶏と触れ合うのも楽しそうだと思う。
たまには乗馬も楽しそうだし、エヴァイスとではあまり気乗りしないがボール遊びも健康的でよさそうだ。
などと今回のスウィニー城滞在でやりたいことを頭の中で順番に並べていると、寝台から立ち上がったエヴァイスが身をかがめた。
えっ、と思う間もなくユディルはエヴァイスによって横抱きにされる。
「ちょっと。エヴァイス?」
「準備も整っているようだから行こうか」
「行くってどこへよ?」
エヴァイスはすたすたと歩き出す。
準備っていったいなんのこと? わたしたちまだ寝間着のままよね、という言葉をエヴァイスは華麗に素通りさせていく。
「それは見てからのお楽しみ」
とても機嫌のよい夫の声にユディルの背中がぞくりとした。
嫌な予感しかしない。
召使が扉を開け、エヴァイスは部屋を出てそのまま階段を降りていく。部屋の中でなら寝衣のまま朝食を取ることもあるだろうが、一歩部屋から出たらマナー違反だ。彼は一体どこへ行くというのだろう。
「ちょっと。エヴァイス。だめよ。こんな格好でお城の中をうろついたら」
じたばたもがくのに、エヴァイスはびくりともしない。
悔しいけれど、エヴァイスはユディルの何倍も力持ちなのだ。
「ユディ、ここはスウィニー城だよ。別名恋人たちのお城。ここでは国王陛下だってただの男だ」
いつの間にか扉の前へとやってきてきた。
エヴァイスは開け放たれた、その中へユディルを抱きかかえたまま入っていく。
そこは天井の高い部屋だった。湖に面した大きなガラス窓にぴかぴかに磨かれた大理石の床。
そして……。
「な、なんで浴槽があるのよ?」
そう。この広い空間に似つかわしくないもの。それは猫足の大きな浴槽だった。
入口近くの衝立の向こうで存在感を放っているのはゆうに大人二人が入れそうな大きな浴槽。浴槽の近くには卓台があり、タオルや飲み物が入った瓶とグラスが用意されている。
「そりゃあ、ここは浴室だからね」
エヴァイスの言葉にユディルが目を剥く。
彼は一体いまなんと言ったのか。
「ど、どういう……」
「どうもこうも。ここは恋人たちのお城だから。その昔国王が愛する人と一緒に湯につかるために作らせた特別製の浴室だよ」
エヴァイスは「愛する人」のところにアクセントを強くおいた。
一方のユディルはそれどころではなかった。なにしろ、浴室へ連れて来られたのだ。それもエヴァイスに抱きかかえられた状態のまま。未だに囚われの身の上の現状から導き出される答えをユディルは即座に全否定する。
「わたしは絶対に嫌よ! 二人で一緒に湯あみをするとかは無しだからね!」
「この状況でまだそんなことを言えるだなんて。やっぱりユディは可愛いなあ」
「この状況だから言うでしょ!」
「言っておくけれど、逃がすつもりは無いから」
それだけ言って即座に口を塞がれたユディルは最後の悪あがきでもがくもエヴァイスによって封殺される。
口づけ一つでユディルの身体はあっさりと主導権をエヴァイスに明け渡してしまうのだ。現にいまだってユディルの小さな口を割って入った彼の舌が好き勝手に彼女の中を暴いていく。それだけでユディルの身体から力が抜けていく。
じくじくと身体に熱が灯り出す。
唇を塞がれたままそっと降ろされると、ユディルはエヴァイスのたくましい体にしがみつく。身体に力が入らなくて、まともに立っていられない。それなのに、口付けを止めることが出来ないのも腹立しい。
夫の片方の腕がユディルの背中に回される。
もう片方の手が、器用にユディルの寝衣を取り払う。
はらりと寝衣がユディルの身体から落ちた。
バラの花びらが浮かんだ浴槽からはほんのりと甘い香りが漂っている。
気が付くとユディルはエヴァイスと一緒に湯の中にいた。
恥ずかしいのに、ぴたりと合わさった肌と肌の熱に、それだけでのぼせてしまいそうで。
結局この日エヴァイスは太陽が沈むまでユディルの身体を離してくれなかった。
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