第25話 贈りものが古城に監禁シチュエーションだった件

 冗談かと思っていたのに、オルドシュカは本当にユディルたち夫婦に結婚祝いを贈った。

 ルーヴェから馬車で一日ほど。風光明媚な土地は緑にあふれ、季節はちょうど七月になった頃。緑の木陰の下には濃い影ができ、鳥たちの歌声が木々の合間を駆け巡っていく。


「まさか、スウィニー城に監禁されるのが贈りものとか……。オルドシュカ様、空気読んでほしかった……」

「私はできることなら普段からユディを監禁しておきたいところだけれどね」


 後ろから物騒な言葉が返ってきたのでユディルは聞かなかったことにする。

 オルドシュカが言っていた、結婚祝いというのは王家の離宮の、さらに少し離れた場所にあるスウィニー城の使用許可だった。森と草原に囲まれたのどかな離宮はルーヴェの宮殿と同じくらい大きなもので、三代前の国王はここを気に入りこの離宮で政務を行うほどだった。


 スウィニー城は離宮から馬車で一時間ほど離れた、小さな湖のほとりに建つ城である。城といっても、そこまで大きくはない。元は昔の国王が愛人のために作ったものであり、恋人たちが逢瀬を楽しむことを目的に建てられたこともあり部屋数は少なく、また湖に面した場所に大きな窓が設計されている。全体的に丸みを帯びた女性的な城でもある。


 二人は案内人によって城内へ案内された。

 オルドシュカの命によるのか、城の中の召使の数は必要最低限で思う存分二人きりで過ごしなさいという無言の圧力を感じる。通された寝室には薔薇の花がたくさん生けられている。天蓋付きの寝台からは湖を見渡すことができ、なんていうか、ユディルの心臓が無駄に騒いだ。場所が変わるだけで、どうしてエヴァイスのことを意識してしまうのだろう。案内人は気を利かせたつもりなのかぶどう酒を用意しましょうかと尋ねてきたが、ユディルは即座に首を振った。お酒など、嫌な予感しかしない。ただでさえ、隣からびしばしと熱い視線がこちらに向けられているというのに。


「今年は秋に記念式典があるから王家も貴族ものんびりと休暇を楽しむどころではないからね。実質ここで過ごす四日間が夏の休暇ってことになるのかな」

「あなたもこれから忙しくなるの?」

 フラデニア国王の即位三十五周年記念式典は十月初旬に予定されている。にぎやかな催し物が大好きな国民性は王家にも表れていて、今回の式典も国王発案によるものだ。


「隣国から王家の出席者や貴族たちがたくさん来るからね。会談の予定も詰まっているし、議題に向けて準備もあるから。集まりが増えるかな」

「わたしもオルドシュカ様のお手伝いを頑張る予定よ」


「その前に。きみは私の妻なんだよ」


 急にエヴァイスの声の調子が変わった。つややかさが増した声にぞくりとしていると、いつの間にかエヴァイスの腕の中に囚われていた。案内人の姿はとっくになかった。夫婦二人きりになり、エヴァイスはユディルの耳元に唇を寄せる。


「いまは私だけを見て」

「え、ちょ……と」

 耳を舐められ、彼の指が頬を撫でる。

「今日から四日間、邪魔が入らずにきみを愛でることができると思うと、天にも昇るほどの幸福だよ。妃殿下には感謝しないとね」


「んっ……耳は……だめぇ……」


 エヴァイスはきっと、結婚をしてからユディルへの苛め方を変えたに違いない。甘い台詞を言いながらユディルの弱いところを執拗に攻めてくるのだから質が悪い。


 エヴァイスに嫌だ駄目だと言っても逆効果だ。彼はユディルの制止の声など聞こえていないかのようにユディルの耳を甘く食む。エヴァイスの吐息が耳元をかすめるたびにユディルの身体から力が抜けていく。背中も足も小刻みに震えてしまい、ユディルはエヴァイスの胸に身体を預けた。


 エヴァイスはそのままユディルを寝台の上に押し倒した。唇を塞がれ、いつものように口の中を蹂躙される。何度も何度も味わった彼の口付けに、今日もまた翻弄される。


 舌を絡ませ、口の中を何度も撫でられていくとユディルの身体の芯はいともあっさり熱を灯していく。

「だって……まだ……あ、あかるい……のに」


 だから、まだ駄目と訴えるとエヴァイスはユディルから体を離した。

 さすがにこんな初っ端から始めるわけないわよねとユディルは安堵し呼吸を整える。


「今日の夜から明日の昼までぶっ通しで愛されるのと、今から始めて、夜は眠るのとどっちがいい?」


 寝台に腰かけたエヴァイスはユディルの頬から首筋を指の先で辿っていく。触れるか触れないかといった仕草に触れられた箇所がぞわぞわした。そして、彼の言った内容にユディルは目を見開く。


「どっちもごめんよ。せっかくのお城なんだし、周辺をお散歩したり乗馬したりしたいわ」

「ユディは外でしたい?」

「何がよ⁉」


 ユディルはくわっと目を見開いた。この流れで答えを聞くのはまずいと頭の奥で警鐘が鳴っているが、つい口にしてしまった。


「ここには私たちしかいないから、野外で開放的にっていうのも悪くないかもしれないね。外で乱れるユディも可愛いだろうから」


 じっと視線で射止められてユディルの胸が大きく上下する。それを見止めたエヴァイスはつ、っと自身の指をユディルの胸元へ持っていき、上から下へなぞった。ユディルは大きく息を吸い込んだ。


 エヴァイスは獲物を射止める獣のように瞳を光らせた。

「どちらにしろ、今日から四日間きみはスウィニー城の中で私から離れることはできないよ」

 微笑むエヴァイスに、ユディルはごくりと喉を鳴らした。


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