第23話 女官候補

 お茶会が終わったあと、ユディルはベレニーク夫人らと控えの間に戻り、簡単に引継ぎを行った。なにしろ急な結婚だったためユディルの受け持っていた仕事も中途半端になっているものもあったからだ。

 とはいえ貴族階級の女にとって結婚は家と家とを繋ぐ大事なもの。結婚のための一時的な宿下がりにも宮殿は慣れている。


「わたし、もっと頻繁に宮殿に来れますよ」

 ベレニーク夫人に訴えるも、彼女はやんわりとユディルの申し出を断る。

「あなたはリーヒベルク夫人になったのよ。まずは、夫婦の仕事をするのが優先でしょう」

 やはり返事はつれなかった。


 貴族の家の跡取りに嫁いだのだからまず優先すべきことは子供を身籠ること。ユディル以外のオルドシュカ付きの女官たちは皆子供を産み落としている。ベレニーク夫人は現在三十一歳で、すでに二人の子供を持っている。伯爵夫人でもある彼女は、子供の世話は乳母に任せ王太子妃付きの女官として宮殿に上がっているが、定期的に伯爵家の屋敷にも顔を出している。


「それは……まあそうなんですけど」


 ユディルもそこのところはきちんと分かっているつもりだ。なにしろ、ユディルの肩にはリーヒベルク公爵家とベランジェ伯爵家の二つの家の後継ぎが乗っかっているのだから。


(はぁ。お兄様に恨み言の一つでも言いたくなるわ)


 とはいえ、悩める兄にガツンと一発活を入れたのはユディルなので、今更何も言えない。いや、まさか恋について悩んでいるとは思わないではないか。


 結婚前のエヴァイスと、結婚をしてからのエヴァイスの態度に落差がありすぎてユディルは彼についていけない。これまでの喧嘩を繰り返していた日々が懐かしい。ぽんぽんと言い合いをするのは決して嫌いじゃなかった。ルドルフのようにこちらを完全に見下す態度を取られると心底嫌悪するのだが、エヴァイスはユディルにもよく分からないのだが、彼なりにユディルのことを尊重してくれていた。いじわるを言うけれど、本気でユディルを傷つけようとはしていなかった。だからユディルも遠慮なしにエヴァイスに言い返していたし、そうやって過ごすのもたぶん今思えば楽しかった。


(それなのに……、どうしてエヴァイスは私に対して結婚を申し込んだんだろう……)


 王宮舞踏会の日に、両親から聞かされた一番最初に舞い込んだリーヒベルク公爵家からの縁談の真相はユディルに驚きをもたらした。両親も勘違いをしていたと言っていたが、ユディルは本当にエヴァイスの父親である現在の公爵からの申し出だと思ったのだ。エヴァイスの母親は随分と前に亡くなっており、連れを無くした男性は再婚をするのが一般的だからだ。これも一応家と家とのつながりではある。


「そうだわ、ユディル」

「え、はい。なんでしょうか」


 ベレニーク夫人が話しかけてきた。引継ぎも済んで彼女との会話の最中につい自分の考えに没頭していた。

 二人は宮殿の回廊を歩いていく。


「新しくオルドシュカ様の女官を選ぼうということになってね」

 ベレニーク夫人の言葉にユディルの顔から色が抜け落ちる。

「わたしはもういらないってことでしょうか?」

「そういうわけでもないの。ただ……、オルドシュカ様の女官のあなたがリーヒベルク卿という大きな魚をかっさらっていったものだから、年頃の娘を持つ親たちは、オルドシュカ様の側にいれば娘にいい縁談が舞い込むと考えたようなのよ。毎日女官への推薦状が届いて大変。ここは令嬢たちの婚活の場ではないというのにね」


「わたしは別に結婚がしたくてオルドシュカ様の女官をしていたわけではないですよ。結婚相手だって、突然にエヴァイスを連れてこられたわけですし」

「それはもちろん分かっているわ」


 ベレニーク夫人もあの場にいたため事情はきちんと理解している。ただ、外野はそうは思わない。宮殿という人目につきやすい場所で王太子妃の女官として立ち回っていた伯爵令嬢が麗しの貴公子を射止めた。となれば王太子妃の側に娘を置いておけば同じように、将来有望な男性との縁が望めるかもしれないと年ごろの娘を持つ親たちは考えたというわけだ。


「あなたも先ほど言っていたでしょう。陛下の即位三十五周年記念式典があると。それで余計に色めき立っているのね。各王家の人間や、お付きの貴族に見初められることもあるでしょうし」

「なるほど」


 貴族の家の娘たちの最終目的は、貴族の家の跡取りとの結婚だ。長男と次男とでは天と地ほどの差がある。とはいえ、各家に長男は一人きり。よりよい結婚を目指した女たちの戦いは熾烈を極めるし、貴族の家は国内だけではない。国内に家格の釣り合う相手がいないのなら、外国の家でも、と考える家もそれなりに存在する。


「正直、いまの段階から女官のイロハも分からないお嬢さんを躾けるのも大変なのだけれど、邪険にも出来ないから、とりあえず定期的に集まってもらってお茶を濁そうと。たしかに式典のときは猫の手も借りたくなるでしょうから、まあいないよりましでしょうしね」

 ベレニーク夫人は身も蓋も無いことを言った。


「いつから始めるんですか?」

「今日集まってもらっているわ。今日は顔合わせね。いきなり王太子妃殿下へのお目通りというわけにもいかないし。あなたも今度関わり合いになると思うから挨拶だけしていって頂戴」

「わかりました」


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