第16話 妻を溺愛する

「いま、まさに離してくれていない状況じゃない……」


 ユディルの言葉にエヴァイスは瞳を細めた。

 そういう意味で言ったのではないのだが。鈍い彼女は昔からエヴァイスの拗らせた想いにちっとも気が付いてくれない。

 普通、これだけ一人の女の子相手に構い倒していたら、何か気づきそうなものだけれど。実際、彼女の友人のアニエスなんかは昔からエヴァイスに生ぬるい視線を送っていたというのに。


「さあ、寝台へ行こうか」

「きょ、今日も!?」

「もちろん。家族計画に協力的な夫だろう?」

 エヴァイスはとてもよい笑顔で返事をした。可愛いユディルを愛でるのであれば毎日であっても平気だ。

 実際エヴァイスは、初夜を遂行して以降ほぼ毎日ユディルを抱いている。長年の片思いを抱えて込んでいた結果、かなり重たい愛情をユディルへと注いでいるのである。


「あ、あなたね……。す、すこしは遠慮ってものをしなさいよ」

 協力的すぎる夫に対してユディルはなにか物申したいらしい。長い口づけで抜けたはずの力が徐々に戻ってきたのか、エヴァイスの腕の中から逃れようと体を揺らす。もちろん、離すつもりもないエヴァイスはユディルを絶賛閉じ込め中だ。

「遠慮? いや、私はもうきみに対して遠慮はしないよ。たっぷりと愛でてあげるから」

「嫌がらせの間違いじゃないっ!」

「まさか。正真正銘、愛の形だよ」


 エヴァイスはすっくと立ち上がる。もちろんユディルを横抱きに抱えて、だ。このくらいのことは造作もない。裸になってユディルに幻滅されたら立ち直れないため、エヴァイスは密かに体を鍛えている。残念ながら、今のところユディルに褒められてはいないけれど、そのうちユディルに筋肉の好みを聞きたい。


 エヴァイスは隣の部屋へと移動をした。

 ユディルを丁寧に寝台の上に横たえ、彼女の夜着を脱がせていく。現れた白い肌の上にはエヴァイスがつけた赤い痕がたくさん散っている。古いものから新しいものまで、体中のあちこちに刻んだそれを上書きするように、今日もエヴァイスは愛おしい妻の肌に唇で所有印を付けていく。


 この印をつけることができるものエヴァイスだけだ。

 ユディルは時折切なそうに高い声を上げていく。エヴァイスの理性が徐々に焼き切れていく。


 ほんとうに、ここまで来るのにとても長い道のりだった。


 王太子妃オルドシュカが無事に男児を産み落とした頃から宮殿内でユディルの評価が変わり始めた。オルドシュカ自身の評価がフラデニア貴族の中で上がり、彼女のお気に入りの女官の中で独身はユディルだけ。将来を見越してオルドシュカに取入りたい連中は分かりやすくユディルに狙いを定めた。彼女を妻にすれば、第二子の乳母候補に挙がるかもしれない。一緒に育つ乳兄弟は将来の出世を約束されたようなもの。


 彼女の知らないところで政治的思惑からユディルの価値が上昇し、彼女はしかし呑気に女官の仕事を続けていた。エヴァイスは自分を振っておきながら呑気に仕事に邁進するユディルに対して悔しさと苛立ちを抱えたまま彼女の前に現れては、つい彼女を挑発する日々を送っていた。救いは彼女自身結婚に対して消極的なことだった。


「……だめぇ……」


 妻の足の指を口に含んで舌の上で転がしていくとユディルが切なげに首を左右に振る。そうすると彼女の短い髪の毛が白いシーツの上で花火のように揺れる。


 この可愛らしい足で、十四歳の頃のユディルはエヴァイスのことを蹴ったのだ。そう思うとエヴァイスはことさら丁寧に彼女の足を舐めていった。飴玉を転がすように、彼女の小指を口の中で弄ぶ。


「きみの可愛い足も、なにもかもが私のものだ」

「わ、わたしの体は……わたしのだもん……」


 この強気で意地っ張りなところがたまらなく可愛い。この後に及んで唇を尖らせるのだから、ユディルはどれだけエヴァイスのことを虜にするつもりなのだろうか。


「違うよ。きみのなにもかもが私のものだ」


 じっと、視線を彼女の瞳に据える。ユディルの頬が赤くなり、彼女は黙り込む。

 エヴァイスは再び念入りに足の指を舐めていった。それが終わると足首、ふくらはぎへと口付けを移動していく。


 たくさん、たくさんの愛情を彼女の身体に刻んでいく。

 この先もずっと己のものだと、そう証立てるように。


 ユディルの声から余裕がはがれていく。

 寝台の敷き布がいつのまにか乱れ、エヴァイスの身体の下で、愛おしい妻が今日も乱れていく。愛らしい姿に、エヴァイスの呼吸が早くなり、ことを急いてしまいそうになる。エヴァイスはどうにかそれに耐え、ユディルをゆっくりと何度も愛おしむ。

 

「ごめんね、ユディ」


 まだ、終わりじゃないよ、という言葉が彼女に届いたかどうか。

 その日、エヴァイスはユディルのことを何度も何度も寝台の上で愛でた。


 

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