第13話 幼なじみと女子トーク
ユディルとエヴァイスの電撃結婚は今年のフラデニア社交界を大いに騒がせた。
年頃の令嬢たちは麗しの貴公子の目に留まろうと日々頑張り、また互いに牽制し合っていた。今年の王宮舞踏会で彼は一体誰をパートナーに選ぶのだろう。リーヒベルク公爵家と少しでもゆかりのある貴族たちは娘の売り込みに必死だった。
フラデニア貴族の中で結婚したい男の上位だったエヴァイスが選んだのは、彼とは縁戚でもあるベランジェ伯爵家のユディル。王太子妃付きの女官の彼女は別の意味でも有名だった。ベランジェ伯爵家の娘といえば縁談を厭い髪まで切って宮殿女官になった変わり者。結婚話から逃げ続け、先日二十歳を越えた強情な娘。そのユディルがエヴァイスの妻の座を射止めたのだから年頃の令嬢たちはまったくもって面白くない。
「その中でも特にリーヒベルク卿にお熱だった令嬢の名前、聞きたくない?」
「別に興味ないわよ」
「あら、新妻の余裕ってやつ?」
興味ないとユディルが言ったにもかかわらず目の前の婦人はいくつかの名前を挙げていく。伝手やらなんやら総力戦でリーヒベルク公爵家との縁談を取り持とうと頑張っていたと言われると、なんだか罪悪感が湧いてきた。そういうのをすっとばしてユディルは王太子妃の推挙というある意味禁じ手を使ってエヴァイスと結婚をすることになった。
「ご丁寧に聞かせてくれてありがとう、アニエス」
ユディルはげんなりと呟いた。
「まさかルーヴェ社交界の双翼の片方をユディルがあっさり持って行っちゃうだなんて誰が想像できたかしらっていうのが世間の見方ね。まあ、わたしに言わせれば落ち着くところに落ち着いたって感じだけれど」
ルーヴェ社交界の双翼とはよく言ったものだ。公爵家の嫡男で独身の男がエヴァイスともう一人いるため、社交界では密かにそう呼ばれていたらしい。王太子妃付きの女官としてそれなりに社交界の噂に精通していたけれどユディルは結婚相手を探す活動をしていなかったため、そっち方面の話には疎かった。
「なによ、落ち着くところに落ち着いたって」
「うーん……昔からリーヒベルク卿ってユディだけは特別っていうか。あなたのこと猫可愛がりしていたじゃない?」
同じ年の彼女、アニエスは実家の領地が隣同士ということもあり小さいころからよく行き来をしてきた間柄。気安い関係だから言葉も自然に砕ける。また、彼女は頻繁にベランジェ伯爵家の領地の屋敷に遊びに来ていたため、エヴァイスとも多少の面識を持っている。
結婚をして生活ペースがつかめてきたので、ユディルは今日アニエスの屋敷に遊びに来た。
「いや、嫌がらせをしまくっていた、の間違いでしょ。喧嘩なら死ぬほど売られたわよ」
「あれはなんていうか。きゃんきゃん鳴く子猫を可愛がる飼い主みたいな感じだったけど。ユディのことだけ執着していたもんねぇ」
「それだけわたしのことがからかいがいがあったってことね。なんてことかしら。ほんっとう、腹立つ!」
ユディルはお腹に力を入れて憤然とした。昔からユディルにばかり突っかかってくる男だったけれど、本気でおもちゃにされていたとは。
一方のアニエスはユディルが別方向へと思考を巡らせていくのを冷めた目で見つめた。エヴァイスのあれをそういう風に勘違いできるほどに鈍感なところがユディルの魅力なのかどうか、アニエスは真剣に考えた。
「わたしとしてはリーヒベルク卿に同情したほうがいいのか、真剣に悩むところだわ」
「あいつに同情なんて必要ないでしょ。今回だって、オルドシュカ様への点数稼ぎでわたしと結婚をしたのよ」
「……」
アニエスはついに半眼になった。
ユディルは突然に何か悟りを開いたような目つきをするアニエスを訝し気に見つめた。どうして、こう生暖かい視線を受けないといけないのだろうか。どことなく居心地が悪くてユディルはカップのお茶を飲み、ついでにクッキーを手に取って齧った。
ユディルは結婚生活の先輩であるアニエスの様子を伺う。少し聞いてみたいことがあったのだが、いざ切り出そうとすると口の中で留まってしまい先へと続かない。
エヴァイスと結婚をして約一週間。今回の結婚はベランジェ伯爵家の爵位継承問題が色濃く反映されている関係で、できれば早く第一子を授かりたい。そういうわけでエヴァイスも協力をしてくれているのだが。
(なんていうか……協力的すぎるというか。あれが世間一般の普通なのかがわからない)
「それでユディ、肝心の新婚生活はどうなの?」
アニエスがずいっと身を乗り出した。ユディルはこれに乗じてアニエスのところの夫婦事情を聞こうと思って口を開きかけたが、やはりこういうことは友人であってもなかなかに切り出しにくい。だから違うことを愚痴ることにする。
「なんか、一見すると優しくなった気はするんだけど……変なのよ。ずっと私のものだとか、逃がさないとか言ってくるし。あれって、このさきずっとわたしのことをおもちゃにしてからかうって意味なのかしら……? だって、隙あらば人にごはん食べさせようとするし。お行儀悪いって言ってるのに、夫婦になったんだからとか言っちゃって聞いてくれないのよ」
わくわくとした面持ちでユディルの話を聞いていたアニエスは「うわぁ。あからさまに言っちゃったわねー」と嬉しそうな声を出した後、最後に「愛されてるわねー」と締めくくった。
「どこが、よ」
ユディルは眉根を寄せた。
「うーん。全部?」
「完璧な嫌がらせじゃない」
ユディルが断言するとアニエスががくっと首を落とした。
「肝心の本人がこれだもん。リーヒベルク卿が可哀そうよ」
「可哀そうなのはわたしよ。あいつ、昼も夜もわたしのことからかって。とってもしつこいのよ。いろんなことが」
「わたしはどっちかというとリーヒベルク卿に同情するわ……」
アニエスはポットを持ち上げ空になったカップにお茶を注いだ。どうしてエヴァイスの味方をするのか。ユディルは面白くなくて少し頬を膨らませた。しかしアニエスはユディルの肩を持つ気はないらしく慰めの言葉を言う代わりに別の話題に移った。
「あ、そういえば。アルフィオは最近どうしているの? 結婚式には出席していなかったわよね」
ユディルと幼馴染でもあるアニエスはアルフィオともある意味幼なじみだ。ちなみにアニエスはダングベール子爵家の兄弟とも旧知だが、やはり彼らのことはあまり好きではない。威張りんぼのルドルフと小さなころから浮世離れして夢に生きるアラン。アニエスはどちらとも気が合わない。
「お兄様は今、今後の領地経営のための視察旅行に出られているのよ」
ユディルの答えにアニエスは「それにしても急ね」と答えた。ユディルはそれに対して頬を引きつらせる。
「なんでも、海の向こうの国の事業モデルについて早急に学びたいことがあるとのことよ。わたしも、せっかくのドレス姿を見せられなくて残念だったんだけどね」
「伯爵家といえど、今のご時世は大変よね」
アニエスは肩をすくめた。技術革新が著しいこの時代、列車の登場によって旧来の仕事が奪われつつあった。昔のように、領地から入る地代収入だけでは貴族は食べていけなくなり、各家生き残りをかけて新たな収益源を模索中なのである。男爵家の主婦らしく一通り夫から聞きかじった最近の世間の動向を話したアニエスはお茶で口を潤した。
「でも、まあこれからはユディとももっと頻繁に会えるわけでしょう。あなたお仕事ばかりでちっとも遊んでくれなかったし」
社交期なんだから、もっと外に出てきなさいよね、と言われたがユディルとしてはまだやり残したことがある。
「あら、通いで王宮には通うわよ。碌な引継ぎも無しにお宿下がりになったわけだし」
「てことは、女官は続行ってこと?」
「もちろん。オルドシュカ様も寂しいから遊びに来てねっておっしゃってくださったし。もし身籠っても産み月までは時間もあるわけだし」
とはいえ今までのようにはいかないだろうが。貴族の家に嫁いだ娘の最重要事項は後継ぎを産むことだ。王太子妃付きのユディル以外の女官たちは皆貴族の家に嫁いで、子供を産んでいる。現ベランジェ伯爵は、できればユディルの産んだ子供に爵位を継承させたいと考えている。そのためにユディルは親族を黙らせることができるくらい力を持つ貴族の男性と結婚をすることを望まれた。その点、リーヒベルク公爵家はうってつけだ。家格もあり、現リーヒベルク公爵とユディルの父は従兄同士。ユディルとエヴァイスは遠い親戚同士でもある。彼との間に男の子が生まれれば、次の次の伯爵候補として頭一つ抜き出ることになる。アルフィオのいない今、親族内で揉めないためにも現在のベランジェ伯爵の娘であるユディルが子供を作ることが円滑な爵位継承のためにも優先事項だ。
「ふうん。でもま、今までよりは自由が利くでしょう。せっかくだから色々と付き合いなさいよね」
「ありがとう。なにかあったら誘って。あ、観劇とか大歓迎よ」
「そうね。いいのがあったら誘うわ」
予定をたくさん入れればエヴァイスだって少しは手加減をしてくれるはず。ユディルの家庭事情に協力的なのはよいことなのだが、エヴァイスの子作り行為はとにかくしつこい。ユディルは子作り行為というのはもっと淡白なものだと思っていた。身近なところでいうと王太子妃夫妻は、そこまで頻繁に夜の営みを行っていなかったはず。別に毎日でなくともよいと思うし、彼に抱かれた翌日は朝遅くまで寝台から出られなくなってしまうのも問題だ。
「はぁ。毎日疲れて、体がもたないわ」
知らずにため息とともに愚痴が出て、それを聞いたアニエスは「新婚ねぇ~」と思い切りユディルのことをからかった。
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