第11話 二度目の初夜

 その日の夜、ユディルは薄い寝間着姿でエヴァイスによって寝台の上に横たえられた。夫婦となった以上、これは避けては通れない道だ。捕食される間際の小動物ってこういう心境なのかしら、と思うのはエヴァイスがユディルを真上から見下ろしているからだろうか。ユディルはごくりと喉を鳴らした。昨日と同じように彼が知らない男のように感じられて、胸の鼓動が速くなる。


「ユディ」


 突然に名前を呼ばれたかと思った直後に唇を塞がれた。柔らかく唇をついばれると、ユディルの体が徐々に弛緩していく。その先を、と望む彼の口付けに導かれるように、ユディルはつい唇を小さく開けてしまう。


 息継ぎの合間に声が漏れ、それを飲み込む様にエヴァイスはユディルを呼吸ごと貪る。荒い息が途中で漏れていく。苦しくてエヴァイスから逃れようと首を動かすと、彼はユディルの頭を手のひらで押さえつけた。


 口づけはなおも続き、ユディルは身を震わせる。体の芯が熱くなって、この熱を逃したくて仕方がない。お腹の奥の、自分の知らないような場所が疼いてユディルは足を擦り合わせた。


 まるで自分ではなくなっていくような気がする。エヴァイスはユディルの戸惑いを捨てろというふうにゆっくりと夜着を剥いでいく。

 室内の明かりは光を抑えたランプのみ。それでも、彼の顔かたちが分かるくらいの光量はあって、エヴァイスに自分の身体を見られているかと思うと、羞恥に頬が色づく。


 頼りない明かりに照らされる彼の瞳の中に、今まで見たことのないような熱の色を感じ取って、ユディルは呼吸をすることを忘れてしまう。白い肌が彼の前に露わになり、ユディルは慌てた。


「あっ……あなただけ、寝間着を着ているなんて……ず、ずるいわ」

 挑むような言葉に、彼は口の端を持ち上げた。

「そういうことを言われると……いいの? 私も手加減できなくなるよ」


 どうやら自分は何かを間違えたらしい、と気が付いたのはエヴァイスがおもむろに自身の夜着を脱ぎ出したから。思わず彼から顔を背けてしまい、そんなユディルの初心な反応にエヴァイスは笑みをこぼす。


「ユディ」


 どうしてだか、彼の自分を呼ぶ声が甘く聞こえる。蜂蜜のように甘くて、蕩けそうなくらい耳朶を柔らかく食んで、ユディルの体から力が抜けていく。


 声を出せば男は喜ぶ、なんていう先輩女官たちからの言葉なんてすっかり頭から消え去っていた。


 エヴァイスの愛しむようなまなざしに、ユディルは何を言いたいのか分からなくなる。けれども、やっぱりこれだけは伝えておきたくて口を開く。


「あの……意地悪……しないで……。優しく……して?」

 小さな声で訴えるとエヴァイスはユディルの頬を撫でた。

「もちろん。可愛いユディ」


 彼のこれまでの人生で一番優しい声色ではないかというくらい柔らかな声が聞こえた。

 瞳がかち合い、エヴァイスの眼差しをじっと見つめる。

 心臓がひときわ大きく高鳴った気がした。

 どうしてだか、目が離せなかった。


 ユディルの先ほどの言葉が、おそらくは合図だったのだろう。

 その後、ユディルはエヴァイスと身を繋げ、正真正銘の初夜を迎えた。

 これが作法としてどうなのか、とかまったく分からなかったけれどエヴァイスはいつもユディルに言ういじわるな言葉を封印していて、何度も甘い声で彼女の名を呼んだ。


 最後は眠るように意識を失ったユディルはそのままぐっすりと眠って朝を迎えた。




 翌日、目を覚ますとやたらと体が重かった。腰から下が特に重くて、ユディルは寝台の上でくぐもった声を出した。昨日はどうしたんだっけ、とぼんやりした頭で思い出そうとすると、体を引き寄せられた。暖かなぬくもりに抱かれたユディルはとろとろと夢の中に引き戻される。


 ユディルが目を閉じた後、肩や腕をついばまれるような気がしたがあれは現実なのか、それとも夢の中での出来事だろうか。意識は混濁するのに、体を包む熱が妙に心地よくてユディルは安心しきってすうすうと寝息を立てた。


 次に目を覚ました時、ユディルの髪の毛をゆっくりと優しく撫でる感触がした。


「おはよう、ユディ」


 暖かだけれど、どこか艶めいた声がすぐ近くから降ってきた。ユディルは眠たい目をこすりながらぼんやりと視界の焦点を合わせる。

 一糸まとわぬ姿で、すぐ隣には夫の姿。髪の毛をくるくるともてあそんでいるのはエヴァイスの指だった。ユディルはエヴァイスの腕の中に閉じ込められていた。ユディルは自分の体を見て赤面をした。生まれたままの姿で夫のすぐ隣で眠っていたことに息を呑み、どうしていいのか分からなくなる。エヴァイスは変わらずユディルの髪を撫で、唇や頬に指を這わせていく。


 彼の指が首筋や耳をかすめ、ユディルはつい高い声を出してしまう。

 その声に煽られるように、エヴァイスがユディルの白い肌を辿っていく。


「そんな声を出されたら、また始めてしまいそうだ」


 何を、と問いただす間もなく唇を塞がれた。ふわりと触れるだけでは終わらなくて、けれどもユディルも昨日教えられたとおり小さく口を開き夫を奥へと受け入れる。

 しばらく流されるままに口づけをしていると、彼がゆっくりと離れた。


「さすがに、昨日の今日はね……。朝食の用意が出来ているよ」


 髪の毛を撫でられ、エヴァイスは寝台から離れた。彼はすでに寝間着を身に纏っている。自分も、と思い起き上がろうとするのに、先ほどの口付けでユディルの体からはすでに力が抜けていた。それに、身体の奥が熱い。熱を持て余し、寝台の中から抜け出せないままでいると、エヴァイスは微笑み、ユディルの肩に寝間着を掛けてくれた。


「身体が辛いだろうから今日は寝台の上に朝食を用意させるよ。一緒に食べようか」


 瞼の上に口づけを落とした彼の言葉に、そういうのってありなの、と考えてしまう。寝台の上でご飯を食べるだなんて、病気の時以外はお行儀が悪いと怒られてしまいそうなもの。


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