第9話 身も蓋もない女官トーク

 子作りをするのに胸を吸ったり太ももを撫でたりする必要なんてない。あの男は真正の変態か、もしくは自分への嫌がらせを変態的行為で行ったのだと訴えるとオルドシュカ以下二人の女官は何とも言えない表情を作った。


「ユディル……あなたって子は……」


 年上のお姉さんのような声を出すオルドシュカにユディルは目を白黒とさせた。てっきり一緒になって「変態は滅びろ」と言ってくれるものだと思っていたのに、期待した反応と違う。


「夜の知識が少しだけぬけているわ、ユディル」

 ベレニーク夫人が苦笑しつつ後を引き継いだ。

「ええっ? だって、子作りって男の性器を女の膣の中に挿れて、中に子種を注ぐって……」

「間違ってはいないけれどもね」


 額に手をやり呆れたのはリュシベニク夫人。

 三人がそれぞれの反応をして、それから視線を絡ませ合う。ユディルは何か、何か違うと思いながら彼女たちの視線での会話を見守った。

 ゆっくりと口を開いたのはリュシベニク夫人だった。


「ユディル、たしかにその知識で間違ってはいませんけれどもね。しかしね、それに至るまでの過程も重要なのよ」

「過程……重要……?」


 そうです、とリュシベニク夫人は大きく頷いた。

 彼女の弁によると、夜の行為にはいくつかの段取りというものがあるらしい。というのも男を受け入れる準備も無しに、本番の行為に及ぶと女の体は痛くて悲鳴を上げてしまうというからだ。男の熱い楔を体内に受け入れるための前段階の行為が必要とのこと。

 ユディルには初耳のことであった。


「そ、それがあの変態行為?」

「変態とはまたリーヒベルク卿に失礼ですよ。あなたのためを思っての行為なのに」

 と、ベレニーク夫人がやれやれと首を振る。

「前戯に時間をかける男のほうが良いに決まっているじゃない。男の中には自分さえ気持ちよくなれればいいって前戯もほどほどにすぐに本番に及ぶ輩だっているのよ」

 リュシベニク夫人が続けて意見を言う。


「え、えぇっ。でも。あんな変な声出ちゃうし。聞かれちゃうし」

「声くらい聞かせておやりなさい」

 ぴしゃりとベレニーク夫人が言った。そんなあ、と言うと彼女は草色の瞳を吊り上げた。


「閨での行為なのですから、むしろ演出の一環よ」

「え、演出……?」

 ユディルが半泣きで復唱するとベレニーク夫人は重々しく頷いた。

「そう。男は単純なんだから、自分の行為に声を出してくれているってことに喜ぶものなのよ。夫にしか聞かれないのだから、むしろ大げさなくらい出しておやりなさい」


「そうねえ。男は自分の手管に反応があるほうが燃え上がるのよ」

 オルドシュカがつい我慢できずに口を挟む。


「ええっ⁉」

「男はプライドの高い生き物なんですから、そのくらいサービスしておやりなさい」


 胸を揉むのも足を撫でるのも子作り行為の一環だと分かったけれども、あの甘ったるい声を割り増しで出せとはまた無茶だ。だって、とっても恥ずかしい。喧嘩ばかりしていた相手にあの声を増し増しで聞かせろとはまた超のつく無茶ぶりだ。


「そうよ、ユディル。それで夫の機嫌がよくなるのだったら、世界は平和というものよ」


 オルドシュカが言葉を重ねる。あなた様の旦那様はこの国の王太子ですよね、と突っ込んでもいいところだろうか。ユディルは部屋の中にいる女性たちの顔を順番に見つめていった。この場にいるのは既婚者ばかり。年上の女性たちが大真面目な顔をして首を縦に振っている。


「とにかく、リーヒベルク卿が変な趣向を持った殿方ではなくて安心したわ。ユディル、あなたちゃんと彼に謝らなくてはだめよ。初夜で膝蹴り、だなんて彼が可哀そうすぎるわ」


 オルドシュカの微苦笑にユディルはとうとう観念して肩を縮こませた。どうにも、自分に非があるように思えてきたからだ。


 けれども、子作り実践編については途中経過がまるっと抜けていたのだ。自分は知っている方だし、と高をくくっていたつけが回ってきてしまった。ちゃんと閨事情について勉強をしておけばよかった。悔しいけれど、今回は全面的にユディルの早とちりであったようだ。

 項垂れたユディルを見たオルドシュカは女官に目配せをした。


「あなた、朝食も碌に食べていないのでしょう。せっかくだから食べていきなさい」

「ありがとうございます」


 朝食、という言葉を聞いたとたんにお腹が素直に反応した。朝から逃げることだけに集中していたから当然何も食べていなかった。今更ながらに空腹を主張するお腹にユディルは顔を赤くしたが、扉を叩く音が聞こえてリュシベニク夫人が取次のために立ち上がった。なんだろうと思っているとリュシベニク夫人がオルドシュカに用件を伝える。話を聞いたオルドシュカが「ユディル」と呼びかけた。


「お迎えが来たそうよ」

 にこりと微笑まれたけれど、ユディルは微妙に引きつった笑みを返すことしかできなかった。

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