第6話 結婚相手はまさかのあいつ
「ねえ、ユディル。どうして彼がいるのに、結婚相手に悩んでいるの?」
「え……?」
オルドシュカが突然に爆弾を投げてきて、ユディルは文字通り固まった。
「ベランジェ伯爵から娘を宮殿から辞させたいと相談を受けていたのよ。娘が縁談を了承したと。聞けば爵位継承のためにあなたには立派な後ろ盾の男性との婚姻が必要だとか」
「お父様が……いつの間に……」
いや、たしかに腹は括ったが、父がオルドシュカに泣きついていたことまでは知らなかった。何勝手に人の主に話を通しているのか。こちらにだって面子というものがある。
「ここにいる全員口は堅いわ。伯爵家の継承問題はもちろんこの国にとっても重要なことよ。伯爵にも相談をされたのよ。誰かよいお相手がいたら是非とも娘にあてがってほしいって」
(お父様ったらオルドシュカ様になんてことを!)
「考えたらぴったりじゃない。あなたとリーヒベルク卿はお父様同士が従兄でもあるのでしょう。彼はまだ独身だし、将来はリーヒベルク公爵家を継ぐ身だわ。彼ならあなたとベランジェ伯爵家の後ろ盾としてもぴったりじゃない」
「それにあなたたち二人はよく二人で話をしているでしょう。常々お似合いだと思っていたのよ、わたくしたち」
「リーヒベルク卿がいま二十六歳でしょう。あなたと年の頃もちょうどいいじゃない」
「互いに気心が知れているというのも重要だわ。あなたのことが気にかかっている殿方も、リーヒベルク卿に遠慮をしてなかなか声を掛けることができなかったと聞いているのよ」
オルドシュカに続いて女官たちが今度も順番に口を開いた。
「まさか、そんな。大げさです」
ユディルは最後のリュシベニク夫人の台詞をやんわりと否定をする。自分はいままでモテたためしがないというのに。
「まあ、ユディルったら自覚がないのね。あなたは可愛らしいわたくしの自慢の女官よ。だからそのへんの中途半端な男には嫁がせたくないわ。リーヒベルク卿にならあなたを託しても安心だと思ったの」
「妃殿下に選んでいただけて身に余る光栄です」
エヴァイスは相変わらず涼しい顔をして小さく頭を下げた。突然の状況に頭がさっぱりとついていかないのに、ユディルを抜きにしてどんどん話が進んで行ってしまう。
「ユディルは、異国から嫁いできたわたくしを支えてくれた頼りになる女官よ。わたくし、彼女の明るさと笑顔にとっても励まされたの。彼女がいてくれたからこの宮殿でこれまでやってこれた……それくらい大事な女官なの」
「え、ちょっと……」
もともとオルドシュカはユディルに縁談を持ってきたくてうずうずしていたのだ。そこにベランジェ伯爵の働きかけがあり、やる気が暴走したようだ。よりにもよってエヴァイスを見繕ってくるとは。
何かと話題のエヴァイスがやたらとユディルに話しかけてくるから、オルドシュカたちもユディルとエヴァイスの間柄についてはしっかり理解をしている。いままで散々彼とは喧嘩をする間柄ですと伝えてきたのに。彼女はまるっと忘れてしまったらしい。
「ベランジェ伯爵からはユディルにはすぐにでも結婚をしてほしいと言われているの。すこし日程が詰まってしまっているけれど、わたくしたちが全力で手伝うわ。ルーヴェ大聖堂も押さえてあるのよ」
「えぇぇっ!」
ルーヴェ大聖堂は、その名の通りルーヴェ市内に建つ歴史ある重厚な建物。この大聖堂で結婚式を挙げるにはもろもろの申請やらで一年は必要だというのに、それがどうして近日中に使用可能だというのか。
「それだけ、王太子妃殿下はあなたのことを気に掛けているのよユディル。もちろん、わたしたちも」
カシュナ夫人がユディルに優しい視線を向ける。娘の結婚にホッとする母のような顔である。
「ドレスはわたしに任せて頂戴な」
今度はリュシベニク夫人が微笑んだ。やはり親戚の娘の結婚を喜ぶ年上の姉のような顔をしている。彼女は現在二十九歳。他の二人よりも年が近いのである。
ユディルはどう口をはさんでいいのか分からなくなった。そっと隣を盗み見ると、エヴァイスは落ち着き払って女性たちの話に耳を傾けている。こちらのことなどちらりとも見ない。自分ばかり動揺しているのが馬鹿みたいではないか。
(ああそう。こいつも結局はオルドシュカ様に取り入ろうって魂胆ね! そうよね。オルドシュカ様直々に命令されたら断れないもんね!)
なんだか腹の中に沸々と怒りが湧いてくる。結局この男も野心のある貴族の男というわけだ。なにしろオルドシュカは時の人だ。男児を産んだことで宮殿内に居場所を作った。未来の国王の母であるオルドシュカに今から取り入ろうとする態度はダングベール子爵親子と変わらない。それはある意味貴族の正しい生存方法でもある。実際ユディルの元には彼女が男児を産んでからたくさんの手紙が届くようになった。どれも皆、お祝いの言葉と自分たちをよくよく王太子夫夫妻に売り込むことが書かれてあってユディルはそのほとんどを暖炉の火の着火剤として使用してやったくらいだ。
「とにかくですね。わたしは父に結婚を承諾したとは言っても具体的に話を進めるのは来年くらいかと思っていたくらいで」
ユディルは慌てて話に割って入る。でないと明日にでも結婚契約書に署名をさせかねられない勢いだ。
「先ほども言ったようにベランジェ伯爵はあなたたちにすぐにでも結婚をしてほしいそうよ。もちろん、リーヒベルク公爵も異存はないそうよ」
つまり、知らぬはユディルただ一人だったというわけか。ベランジェ伯爵はさすがはユディルの父である。爵位継承のための結婚をしろと迫っても娘がのらりくらりと躱す可能性を鑑みて、外堀から埋めようという魂胆なのだ。
(だ、だって。エヴァイスはあのリーヒベルク公爵の息子なのよ? 一度は自分の後妻にと望んだ相手が息子の嫁とか……それっていいの?)
そう、ユディルの最初の縁談相手はエヴァイスの父親であるリーヒベルク公爵だったのだ。とはいえ当のリーヒベルク公爵はすでに後添いを貰っているのだが。
ユディルは口をパクパクと動かした。
確かに結婚をしなければいけない事態になったことは理解をしていたし、仕方がないかとあきらめもした。別にユディルは独身主義者でもない。ただいろんなことが重なって機会を見失っていただけで。とはいえ、相手はエヴァイス。
ユディルは改めて隣に座るエヴァイスを見た。彼はこちらの視線に気が付いて顔をユディルの方へ向けた。エヴァイスは一応笑顔を作った。淡い笑みだけ見ればたしかに貴公子然としているし、女性たちが無駄に騒ぐのも分からないわけでもない。
(ま、まあ。エヴァイスは確かに顔だけはいいし。実家は公爵家だものね、後ろ盾もばっちりよ。すくなくともダングベール子爵家を黙らせることはできる。なにより生まれてくる子供は、彼に似たら美形になるのは間違いない)
嫌味な男だが、顔だけは秀逸なのだ。自分の赤毛を継承しなければ、将来は金髪の可愛い子供が生まれてくる可能性がある。そう、彼は顔だけはいいのだから。性格はあれだけれど、それだって生まれた子供をユディルがしっかりと躾ければよいだけの話。なんなら子供を二人、三人産んだ後は別居をしてもいい。そのほうがエヴァイスのいじわるなところが子供に移らなくて教育上よさそうだ。
それに、まったくの初対面の男よりもまだ、それなりに人となりを知っているエヴァイスの方がいいのかもしれない。従兄のルドルフよりも遠縁のエヴァイスの方が顔も性格もまだましだ。
「ユディ、きみも年貢の納め時だよ」
小さな声はユディルの耳にしか届かなかった。ユディルは、こちらこそ望むところだと、エヴァイスを見返した。
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