第656話 忘れないで
今年20歳になる娘が、行方不明になった
入ったばかりの会社から帰ったことだけは出入り口の防犯カメラで分かっていた
しかし、そのあとの足取りは分からない
最初はビラを作成して配ったり、警察の捜査で付近を探したりしていたけれど、1年が経ち、2年が経ち、だんだんと誰もそのことについて触れなくなってきた
7年が経ち、法律上、死亡扱いになった。家族だけで遺体の無い棺桶で葬儀を行った
それで私たち家族の気持ちが、離別へと区切りがついた。あの子の分まで幸せに生きようと
それからさらに数年たったころ、夜寝ていると廊下から何か軽いものがコン、コン、と床を叩いているような音がした
不思議に思ったけれど、なぜか目を開けることができず、体も動かない。初めての金縛りに遭った
そして、音はだんだんと私の部屋へ近づいてきた。私は夫の方へ体を向けていたので、入り口に背を向けている格好になっていた
ガチャリと扉が開いて何かが入ってきた
そして、私の肩に硬いものが触れる
「忘れないで」
そう、娘の声が聞こえた。そして、またコン、コンという音が離れていった
朝起きると、私は夫にもう一度娘の捜索をしてみないかと持ち掛けた
夫は、最初は残念だけどもう終わったことだと、諦めていたけれど、夜のできごとを話すと
「お前の気が済むならやってみるか」
と協力してくれた。もう一度ビラを作り、当時の情報を集める
すると、昔は集まらなかった情報が集まってきた。「不審な車を見かけた」とか、「若い男が女性をつけていた」とか
その情報をもとに、警察に捜査してもらうと、当時の資料の断片からある人物が当てはまった。それは娘の高校時代の彼氏だった
それから、トントン拍子に事件は解決し、元彼の証言の元、遺体の捨てられた場所で白骨死体が見つかった
その手には、なぜか最近作った娘を探すためのビラが掴まれていた
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