第650話 ヤバい

「ヤバいヤバいヤバい」


俺は走って逃げている。どこへ逃げればいいのかも分からないまま


「ヤバいヤバいヤバい、ぐえっ」


俺はつまづいて倒れこむ


「ひっ!」


しかしすぐに起き上がって走る。俺は殺すつもりはなかった。なのに……


あれは、町を友人と二人でぶらぶら歩いているときだった。金はないが時間がある、そんな俺たちの前を好みの女性が通りがかった。俺たちは彼女に声をかけたが、あっさりと振られる


「ちっ」


すましている顔が気に入らなくて、後をつけた。すると女は俺たちがつけているのに気が付いたのか、足早に公園を突っ切っていった


「おい」


「ああ」


それが女の運の尽きだろう。この公園は行き止まりになっている。それも、行き止まりはちょうど道具なんかが入っている用具入れの小屋だ


俺たちは女をその小屋へと無理やり連れ込んだ


「静かにしろ! どうせこの辺は誰もこねぇ」


「嫌っ! やめて!」


女が抵抗したので首を絞める


「かはっ。はぁ、はぁ」


女は息も絶え絶えになって、抵抗が緩んだ


「そこの縄を取ってくれ。逃げられないようにする」


近くにちょうどあった縄を女の首に巻く。そして、近くにあるパイプに括り付ける


俺たちは服を脱いで、女の服を脱がせようと――


「おい!」


「何だよ」


「し、死んでる!」


いつの間にか、縄がどこかにひっかかって女の首を絞めていた。完全に絞まっていたのか、女は声を出すこともできなかったようだ


女は舌をだらりとたらし、目を見開いたままピクリとも動かない


俺たちは慌てて服を着て逃げ出した


「ばれなきゃいいけど」


「監視カメラもないし、大丈夫だと思うが……念のため髪の毛なんかが落ちてないか見てくるか」


俺は一刻も早く逃げたかったが、案外落ち着いている友人が言う事ももっともだと思った。万が一、DNA鑑定とかされたら困る。二度と行きたくはないが、捕まりたくもない。仕方なく、証拠隠滅に向かう


「あれ?」


友人が先に小屋へ入ると、すっとんきょうな声をあげた


「どうした?」


「死体がねぇ……」


「じゃあ、あの女生きてたのか……」


殺人犯にならなくて済んだと思う気持ちと、警察に駆け込まれたら捕まるという思いがせめぎあう


友人は冷静に、当初の目的である髪の毛が無いか探していた


しばらく俺たちは床を見ながら、髪の毛が落ちていないか探していた。すると


「ぐえっ」


友人がカエルのような声を出す


振り向くと、友人は天井からぶら下がっていた。そして、天井には女が逆さまになってこちらを見ていた


「ひぃぃぃ」


縄をはずそうともがく友人を見捨て、走る。証拠隠滅よりも、今の恐怖の方が勝って居た


「はぁ、はぁ」


公園を抜ける瞬間、ふと視界に何かぶら下がるものが目に入る


「な、なんで!」


公園の木に、女がぶら下がっていた。ぶらぶらと縄に揺られて。俺は慌てて人のいる方へと逃げる


「はぁ、はぁ、ひっ」


ドアノブに縄をかけて女がこちらを見上げていた。俺は急いで逃げる


気が付くと、見知らぬ団地に迷い込んでいた


「助けてくれ!」


ドアをたたき、ドアノブをひねるが鍵がかかっている


「やばいんだ、助けてくれ!」


隣の部屋も同じように鍵がかかっている


「誰か!」


2階へ上がり、同じことを繰りかえす


「ヤバいヤバいヤバい!」


視界の端には女の首つりが見える。それが目を離したすきにだんだんと近づいてくる


恐怖に駆られて4階まで行き、一番近くのドアを開けた


「助けてくれ!」


鍵が開いていたので、その部屋へ倒れこむ。誰でもよかった。人さえいれば……


しかし、そこは空き部屋だった。がらんとした室内


バタン


ドアが閉められる。俺はバッと振り返ると、そのドアで首をつっている女が


「--っ」


俺はドアから離れる。女はピクリとも動かない。当然だ、どう見ても死んでいる


俺はそのままベランダからでも逃げようと、女から目を離さずにあとずさる


「ぐえっ!」


部屋の中央に来た時、俺の首に縄がかかる。そしてそのまま天井にぶら下げられた


「だ、だずげて。おねがいじまず」


何とか縄が食い込まないように指をかけるが、だんだんと絞まっていく


「だず……げて……」


女が、笑ったような気がした。そして、俺の意識はそこで途切れた

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