第632話 耳鳴り
「おい、もう帰ろうぜ」
「まだまだ、来たばっかりだろ?」
俺たち2人は大学の友人だ。今日は夏休みのイベントとして肝試しに来ている
有名な廃墟らしいのだが、どう見ても最近は誰も来てないと思われるほど廃墟の周りは草で覆われていた
寝ぼけているのか、夜なのに鳴く鳥もいる
廃墟の扉はもともと自動ドアだったと思われるのだが、今は割れて自由に入り込める。中には立ち入り禁止のプレートもかけられているのだが、わざわざここまで来てこの程度のことで帰るとは思えない
俺は帰りたいのだが、友人は度胸があるのか単純に幽霊なんていないと考えているのかビビる様子もなく中へ入っていく
俺だけ外で待つのも嫌だったので一緒に中へ入った
外観から、おそらく3階建てだと思われる建物
「当然、一番上まで行くよな」
という友人の発言によって3階まで行くことが確定してしまった。よくわからないゴミでいっぱいの廊下を歩き、行き止まりのEXITの手前に階段があった。EXITを確認したけれど、さびているのかドアノブは回らなかった
「何してんだ、置いてくぞ」
「ま、待ってくれよ」
友人は俺を待つことなく階段を上っていく。2階の踊り場に来た時、俺の耳が「キーン」となった
トンネルとか入ったときみたいに気圧の変化があるわけじゃない。友人は変化が無いのか、気にせず階段を上っている
一応2階の廊下も覗いてみる。暗くてよく見えないが、1階と大して変わらないように見える
「じゃあ、次の階へ行くか」
友人もさして興味が無いのか、あっさりと3階へ向かった。そして、踊り場でまた耳が「キーン」となった
3階の廊下も覗いてみる。しかし、他の階と一緒で特に何もなさそうだった
「まだ上があるのか?」
「え?」
外観からは3階までしかなかったはずだ。もし、上があるならそれは屋上なのだろうか
パリンッ
どこかで何かが割れる音がした
「ひっ! も、もう帰ろうぜ」
「じゃあ、先に帰れよ。俺はもう一階上を見てくるから」
「分かった! 車で待ってるから!」
俺は恐怖の限界で一秒でも早くここから出たかった。一人になる恐怖よりも、ここに居ることのほうが怖かった
廃墟の近くに止めてあった車に戻る。この車は俺ので、運転席へと座る。念のためエンジンをかけると、どこかの映画みたいになかなかかからないという事は無かった
「気のせいか?」
俺はきっとこのあとあいつにいじられるな「びびり」とか「へたれ」とか。まあ、事実だから文句は言えないが
そして、あいつが行ったであろう屋上を見上げる
「あれ?」
見たところ、3階までしかなく屋上なんてなかった
ピピピピピッ
「び、びっくりした」
携帯電話が鳴った。相手は友人だった
「どうしたんだ? 俺の事をおどかそうとしたのか?」
「違う。戻る道が分からなくなった。窓からライトを照らすから案内してくれ」
よくわからないが、階段をそのまま降りてこればいいのにと思った。ライトは3階の真ん中くらいに点いたのが見えた
「そっから右手の方へ行けば来た階段だよ」
「わりい、助かる」
実際俺はそこの階段から帰ったので、これで問題なく帰ってこれるはずだ
しばらくして、もう一度携帯が鳴った
「おい、階段なんてないぞ。もう一回照らすから今度こそ頼むぞ」
そう言って電話が切れた瞬間、また3階の真ん中くらいにライトが点いた。そりゃ、動いてないなら階段なんて見つからないだろ。それとも、俺をからかっているのだろうか
今度は俺の方から電話をかける。その瞬間、廃墟の窓一面にまばらにライトが点いた
「ひぎゃ!」
俺は一目散に逃げだしたかったが、友人を放置するわけには行かない
「早く電話にでろ! 早く出ろ!」
なぜか電話に出ない友人。10コールほどして、ぶつりと切れた。そして、廃墟のライトも消えた
俺はもう我慢できなかった。置いて行ったと怒鳴られてもいいから、一刻も早くここから離れたくなった
車を走らせると、また耳が「キーン」となった
「う、嘘だ!」
まっすぐ走ったはずなのに、前に廃墟が見えた。しかし、廃墟の前に人影が見えたので、Uターンして帰るわけにも行かない
近づくと、友人だった
「なんで電話に出ないんだよ! それよりも、早く帰るぞ」
「わりい、わりい」
友人はそういうと、車の助手席へ座った。何が楽しいのか、へらへらとした顔だ
今度は無事、普通の道へ出ることができた
隣の友人を見てみる
「あれ、お前のホクロ、そんな場所にあったっけ?」
友人のホクロの位置がいつもと違う気がした
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