第621話 びっくり人間

昔のテレビは今では考えられないほど過激なものがあった




今では時効になっているはずなので話すことにする




当時の私はまだ若く、手柄を立てるために一生懸命だった




ある日、上司から「びっくり人間」と言う名の番組を作成するという事で、相方と一緒に出演者を探すことになった




当時はネットなんて無く、面白そうな人を、人伝手に探すしかなかった




聞き込みを続けるうちに、何人か候補になりそうな人が見つかった




一人目は高所綱渡りの名人を自称する40代くらいのおじさんだった




撮影場所は谷だった。崖の向こう側とこちら側に綱を渡し、おじさんが長い棒を持って平衡を保ちながら渡っていく




元々サーカスで綱渡りをやっていたらしく、いい年になったので引退したが、いまだにこうして綱渡りをしているという事だった




おじさんは無難に渡り終えた。しかし、相方が余計な事を言った




「渡れたは渡れたっすけど、これならサーカスで見るのと変わらないっすよね」




おじさんはその言葉にカチンと来たらしい




「それなら、これはまだ練習中なのだが、綱渡りを一輪車でやってみせよう」




それならサーカスで見る以上のパフォーマンスになると、相方もおじさんを持ち上げてやる気にさせた




思ったよりもスムーズに綱を渡り、あと数メートルというところで突風が吹いた




「あ」




っという間におじさんはバランスを崩し、谷底へと落下していった




私たちはそれを報告しなかった。テレビでは無難に渡った1回目に撮影したものが使われた




家族がいなかったおじさんは、いまだに捜索願すら出されていないはずだ


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