第614話 吠える
小型犬を買った
一人暮らしが寂しくなり、大家に聞いてみたところ、このアパートは動物を飼ってもいいらしい
ただし、騒がしいものはだめで、住人が主に飼っているのは爬虫類や魚、亀や鳥などそんなに鳴かないものが主だった
そんな中、私は犬を飼った。大家には「飼ってもいいとは言ったけど、うるさいようだったら……」
「大丈夫です、この子、生まれたときの手術が原因で声帯が傷ついて鳴けないので」
それを証明するかのように、小型犬は大家に吠える。しかし、実際にでたのはかすれてぎりぎち聞き取れるかどうかくらいの鳴き声だった
「そう、それならいいわ」
大家の許可を得て、私はフチを飼った。なぜフチという名前を付けたのかというと、いつもおびえるように部屋のすみっこ――ふちがお気に入りだったからだ
それから1か月ほどして、隣の部屋が空室になった。私が大学のレポートの追い込みで、研究室に徹夜で泊まった時に、出て行ったようだ
「あ――疲れた……」
フチは賢いので、部屋にエサと水を置いておけば自分で適量だけ食べる。変なものも口にしないので、私としては飼いやすくて大変助かっている
私はドッグフードと水をフチに与えると、倒れるようにベッドへと入った
キャンキャン……犬の鳴き声て目が覚める
「……フチ?」
時間はすでに夕方くらいになっていた。部屋を見ると、定位置にフチが居ない
「……やばっ!!」
今思い返すと、帰ってきたときに玄関を閉めたかどうか記憶にない。もしかしたら、そこから出て行ったかもしれない
私はあわてて玄関へと向かうと、案の定ドアが半開きになっていた
「フチ!!」
私はスニーカーのかかとを踏みながら部屋を出る。すると、フチは逃げだすことなくすぐ玄関の前に居た。隣の部屋のだけど
「もう、フチったら、心配したよ」
自分の事を棚に上げ、フチの頭を撫でてやる
「ところで、さっきの鳴き声はフチ? ってそんなわけないか。お前、鳴けないもんね」
あごの下をやさしくなでてやると、フチはキャンキャンとかすれた小さな声で鳴いた。さっきの鳴き声は夢だったのだろうか
安心して、フチを抱き部屋へ戻ろうとしたとき、隣の部屋の玄関が叩かれた
「犬が! うるせーぞ!!」
「は、はい! す、すみません!」
私はフチを抱えたまま90度お辞儀して謝ると、ダッシュで部屋に戻った
「……もう、うるさいって、フチでうるさかったら車が通るだけでもうるさいことになるよ」
私はぶつくさとフチに独り言のように話しかける。ふと、隣の部屋にいつ住人が入ったのだろうか?
今朝方、大家さんから隣の人が出て行ったと教えてもらったのに。私が寝ている間に?
そう思ったら、隣の部屋の壁越しに「ワンワン!」と犬のような鳴き声が聞こえた
「もう、あんたの犬の方がよっぽどうるさいわよ」
さっきの事もあり、私はすぐに大家さんに電話した
「おかしいわね? 隣、まだ誰も居ないはずなのに」
大家さんがわざわざ来てくれて、隣の部屋に入ることになった
私はどんな人が居るのか、心配になったけれど、大家さんは誰も居ないと思っているようで、あっさりとカギをガチャリと開けた
「ほらね」
大家さんはそう言って、ドアを開ける。そっと覗くと、確かに部屋には家具も何もなかった
だけど、私の足元を黒い何かが走り抜けていった
ふりかえったけれど、何もいない。大家さんは気が付かないようだった
あれが、さっき吠えた犬だったのだろうか……それにしても、私に「うるさい」といったのは一体誰だったのでしょう……
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