第597話 涙ぼくろ

僕の近所の家に、とても綺麗なお姉さんがいた




小学生の僕には、20歳のお姉さんはとても大人に見えた




「僕が大きくなったら結婚してよ!」




「大きくなったらね」




お姉さんはそう言って手のひらをひらひらさせて、まともに取り合ってくれなかった




本気なのに




そんなお姉さんの左目の下にはホクロがあった




お母さんに聞いたら、それは涙ぼくろと言うらしい




僕は綺麗なお姉さんの、そこがとても気に入っていた




ある日、公園で遊んでいるとお姉さんが来た




風邪でもひいたのか、大きなマスクで顔を覆っていた




けれども、髪形や声でお姉さんだとすぐわかった




車でどこかへ連れてってくれるみたい




そんなこと初めてだったので、すぐにうんうんとうなづいて返事をした




「お母さんに行ってきますって言ってくるね!」




「もう伝えてあるわ、さあ、乗って」




お姉さんの言う事を信じて車に乗った




それから、1時間ほど車に乗っていると、いつの間にか眠ってしまっていた




気が付くと、知らない部屋に縛られていた




「ここはどこ? 僕はどうして縛られているの?」




「私、年下の男の子が大好きなのよ。つい、いじめたくなるの」




そう言ってお姉さんはカッターで僕の髪の毛を乱暴に切った




「やめてよ! 痛い!」




僕が暴れると、お姉さんはよろけて地面に手をついた




その拍子に、顔を覆っていたマスクが少しずれ下がった




お姉さんの顔には、涙ぼくろが無かった




それからいろいろと体をいじくりまわされたけれど、命を取られることはなかった




「このことは絶対に秘密よ? しゃべったら殺すから」




そう言って解放されたぼくは、数日後にお姉さんに双子の姉がいるという事を知った




精神異常者として、病院を出たり入ったりしていたらしく、たまたま退院した日に僕を見つけたみたいだ




僕はそれ以来、お姉さんと話すことが出来なくなった




僕も今では病院を出たり入ったりしている




なんでも、知らない女性の目の下を衝動的に刺したそうだ




記憶にないけど、涙ぼくろを作るとかなんとか言っていたみたいだよ

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