第577話 笑い声

今はつぶれた映画館




最後に上映されたのは何だったのか




建物を壊す前の下見に訪れた工事の責任者は、大きなスクリーンを前にタバコを吹かす




「昔はよく通ったもんだがなぁ……」




40代の工事の責任者は、昔はここへ通っていたらしい




それから数十年たち、老朽化のせいなのか時代の流れなのか、それともいまだに昔の映画ばかり流していたのが悪かったのか、こうして壊される事になった




彼は、昔よく座っていたお気に入りの場所へ移動する




そこは真ん中より少し上の段で、身長の低かった彼にとっては丁度いい場所だったのだ




タバコを携帯灰皿に押し込み、さて、仕事をするかと立ち上がろうとしたところ




ワハハハハ




と、誰かが笑った声がした




廊下ででも誰か談笑しているのか、そう思ったけれど入り口は閉まっている




防音性の高い映画館の中だ、どんなに大きな声を出してもここまで響いてくるとは思えない




「まさか、ここに誰かいるのか?」




一列一列、覗いてみるが誰も居ない




ワハハハハ




すると、さっきとは別の所から笑い声がした




慌ててそちらを振り向く




ワハハハハ




すると、また違うところから声がした。そして、そちらを向くと




ワハハハハ




それをあざ笑うかのように笑い声が




キャハハハハ、アハハハハ、ウフフフフ




声がどんどん増える




映画が上映されていれば、マナー違反ではあるが笑い声がするのもうなづけるが、今は映画どころか誰も居ない




周り中から笑い声がして、彼は慌てて入り口を飛び出す




すると、笑い声はピタリを止んだ




「なんだったんだ……」




不気味ではあったが、不思議と嫌な気はしなかった




結局、取り壊される前に別会社が買い取り、改装される事になった




そして、新しい映画館では、新しい映画も上映されるようになり、お客も結構入るようになった




笑う門には福来る、そういう事だったのだろうか

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