第527話 バス

ここはどこだ? 




目を覚ますと、窓から見える風景は見知らぬものだった




始発の駅から乗ったバス




乗ったのは確か、まだ20時くらいだったと思う




いつもと同じ経路を通って帰るだけ




だったはずだ




いつもと違うのは、ついうとうととして寝た後、どれぐらい時間が経ったか分からないが、寝てしまった事だ




いや、過去にも何度か寝た事はあるが、こんなことは無かった




風景が見知らぬものになっただけでなく、自分以外誰もバスに乗っていない




誰かが降りる「ピンポーン」の音があれば途中で起きたかもしれない




終電まで乗ったことは無いが、それでもこんな田舎の風景では無いはずだ




一番後ろから一個だけ前に座った席




ちょうど、後部車輪の上に当たるであろう席




そこに座るのは初めてだった。それが原因かどうかは分からないが、現状は変わらない




幸い、運転手は居るのだから、運転手に話しをして……




席を立とうとして異常を感じる




まるでシートベルトで固定されたかのように立ち上がる事が出来ない




当然、バスにもシートベルトはあるが、律義に着けてはいなかったはずだ




さらに、声を発しようとしたが、声も出せない




少し大きめのため息程度の音では、バスのエンジン音には勝てないだろう




それに、言語にならなければ現状を伝える事は不可能だ




気のせいか、後ろの席から冷たい風が吹いてくるような気がする




当然、バスの窓は開いていない




まだ夏の暑さが残るこの季節に、まるで真冬の様な冷たさ




クーラーなんかの比じゃないほどの冷たさにブルリと震えた




そして、何かの気配を感じた




自分の椅子が、まるで生き物の様に動いている様な気がする




軽い地震に揺られている様な気持ち悪さ




自分ではそれを止められない気持ち悪さ




何よりも、後ろに人の気配を感じる気持ち悪さ




気のせいだと思いたい




その願いを無視するかのように、足を掴むものがあった




「ひっ!」




その手はまるで氷の様に冷たかった




かろうじて首を動かし、足元を見ると、ロウの様に真っ白な手が自分の足首を掴んでいた




(は、はなせ!)




もう一つの足でその手を外そうとする




すると、肩にも冷たい手が置かれた




もうひとつ、手が肩に置かれ、徐々に首を絞め始めた




(俺が何をしたって言うんだ! やめてくれ!)




一生懸命に逃げようとするが、どんどんと後ろから冷たい手が体を掴んでくる




肘、膝、脇、髪……




まるで冷凍庫にはりつけにされたかのように背中まで冷たくなってきた




首も締まってきて(もうだめだ……)そう思った時




何かの拍子か、バスがはねた




大きめの石にでも乗り上げたのだろうか




それと同時に、急に世界が変わった




バスの中に一気に人が増えたのだ




そして、窓の外は見慣れた風景になっていた




(助かったのか……?)




ホッと胸をなでおろし、自由になった背中が座席にずるずると滑っていく




慌てて座りなおし、改めて辺りを見回す




右後ろを振り向こうとした時、視界にチラリと入った女性の手が、真っ白だった


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る