第522話 賽銭

「やめてくれ!」




俺はただれた手を蹴り飛ばす




ぐしょりとした感触と共に、その手が俺の足を掴むのを阻止した




しかし、あいつは諦めていないようで、まだ這ってくる……




俺はどこで選択を間違えたのだろうか……




―――――――――――――――――――――――――――――




「くそっ!」




俺は滑り止めだと思って受けた高校受験で落ちていた




このままでは、本命の高校も危うい……そう思うと、焦りで苛立ちが抑えられなくなってきた




それでも、神頼みはしておこうと、帰る前に神社に参拝することにした




しかし、賽銭を投げたが運悪く木の部分に当たって跳ね返る




落ちた賽銭を拾って頭をあげた時、賽銭箱の角に頭をぶつけた




「俺をバカにしやがって!」




今思うと、完全に八つ当たりなのだろうが、その時は本当に誰かに悪戯されているような感覚だった




その苛立ちのまま近くに落ちていた石を蹴った




すると、ひとつの灯篭の近くに転がっていった




腹立ちが収まらなかった俺は、そのままその灯篭を蹴ったのだ




その瞬間、悪寒がしたのできょろきょろと辺りを見回すが、何もない




そのまま急いで帰路についたのだ




その途中、用水路の側を通った時




少ない水しか流れていない用水から、ビチャッと大きな魚がはねたような音がした




音にひかれて用水を覗くと、腐った死体の様なものが草にひっかかっているのがみえた




それは、1mくらいだった




「気持ち悪い!」




俺は石を拾うと、それに向かって投げた




ぐちょりと、胴体の部分に石はめり込んだ




その反動なのか、肉の様なものは草から離れてゆっくりと流れていった




そして、そのまま帰ろうとすると、用水からびちゃりと何かが這いあがってくるような音が聞こえた




茶色い肉の塊が、手足の様なものを動かして這ってくる




「うわああぁ!」




俺は一目散にそこから逃げた




動きの遅いそいつは、あっさりと俺にふりきられて見えなくなった




家に帰り、くつろいで、寝ようと思ってトイレに行った




トイレを流して出ようとすると、トイレが詰まったような音がした




「しょんべんでも詰まるのか?」




そんなわけが無いと思いつつ、もう一度水を流そうとした




すると、便器の中から茶色い手の様なものが出てきたのだ




「ぎゃああ!」




俺は一瞬でさっきの肉だと理解し、逃げる




しかし、家の中では逃げ場など無い




自室にも鍵はかからない




それでも、逃げようと思ってベッドの上で待機した




ほどなくして、肉が部屋に入ってきた




その触手の様に動く肉の手を、俺に向かって伸ばしてくる




俺はその手を蹴って、その部屋から飛び出す




その肉はまだ追ってくる




「助けて!」




家族にそう呼び掛けたけど、誰も来ない




シンと静まり返った家は、まるで自分しか居ないようだ




一番近くにあった風呂場へ逃げ込む




真っ暗な浴槽へ入り、息を殺して潜む




「……来ないな?」




そんなにはなれていなかったはずなのに、その肉は浴室へは来なかったようだ




「助かった……?」




そう思っていると、浴室の排水溝がカタカタと動き始めた




「まさか!」




ヘドロの様になった肉が、排水溝から湧き出してきた




それは人の形をとると、俺におおいかぶさってきた




――――――――――――――――――――――――――――――――――




「お兄ちゃん、大丈夫? うわっ、臭っ! どっか田んぼにでも落ちたの?!」




気が付くと、俺は浴室に座り込んだままだった




そこへ、たまたまなのか何か音がしたのか、妹が来たようだ




俺は自分の状態を確認する




肉だと思っていたのは、茶色い泥だったようだ




それでも、フンの様な臭いもする




「う、うるさい! でていけ! 俺はシャワーを浴びるんだ!」




「なによ! もうっ!」




妹は急に怒り出した俺に、さらに怒り返すと出て行った




次の日、俺は神社にもう一度参拝しに来ていた




昨日のお詫びも兼ねて、奮発して小遣いの1万円を賽銭箱に入れた




それからは、おかしなことは起こらなかった


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