第492話 免許証

運転免許証を拾った




公園のベンチに、運転免許証が落ちていた




写真を見ると、綺麗な女性だった




それを見て、少しよこしまな気持ちがわいた




運転免許証には住所が書かれてある




その住所に行けば、ほぼその女性に会えるだろう




これが無ければきっと困るはずだ。だから、多少なにか要求しても答えてくれるはず




なに、犯罪をしようってわけじゃない。連絡先が交換できればいいという程度だ




そう思って住所を確認する




そう遠くない場所だ。散歩に来て落としたのだろうか




持ち家らしく、もしかしたら同居している人が居るかもしれない




年は20代前半。大学で免許を取ったのかな?




いろいろと考えながらその住所へ歩く。と言っても、番地まではさすがに分からないからスマホで調べる




地図アプリを見ながら歩いていくと、1件の家が見えてきた。きっとこの家だろう




家には車が1台も停まっていない。まさか、免許を持っていない事に気づかず車で出かけた?




車を共有で使っている可能性にかけてインターフォンを押す




「はい」




すると、少し年老いた感じのおばさんの声がした。なんだ、やっぱり同居だったか




「あの、娘さんの免許を拾ったんですが」




「……娘の? どちらさまですか?」




「いえ、ただの通りすがりの者です。たまたま公園で拾ったので」




何故か名前を言いたくなかったので誤魔化した。それでも、一応出てきてくれるのか「今行きます」といってインターフォンが切れた




しばらくして玄関の鍵が開く音が聞こえ、60代くらいのおばさんが出てきた




「娘の免許証ですって?」




「はい、これです」




免許証を渡すと、しげしげと見つめる。そして、こう言った




「これ、私の免許証ね。ずっと昔に無くしたものだわ」




「え……?」




信じられない。確かに面影はあるが、免許自体は新しく見える。数日前に落とした物のよう




しかし、さっきは気づかなかったけど更新日の所を見せてもらうと確かに数十年前になっている




それから、お礼だと言ってお菓子をいくつか貰った。あては外れたが、まあ、悪い気はしない




玄関前で別れ、帰り道を歩こうとした




すると、一人の女性が丁度帰ってきたところだった。その女性は、免許証の女性にそっくりだった




「あなた、うちに何か用?」




玄関前に居た俺を不審がる女性




「怪しいものじゃない。いま、君の母親の免許を届けた所だよ」




「母の……? なんであなたが?」




「公園で拾ったんだ。散歩にでも出て落としたんじゃないの?」




「そんなわけ無いじゃない。うちの母はもう10年前に亡くなってるんだから」




俺はきつねにつままれたような感触を受ける。でも、確かに免許は渡したし、お礼のお菓子も確かにある




女性は俺の事を気にせずに家に入っていってしまった




しばらく呆然としていたが、どうしても気になったのでインターフォンを鳴らす




「はい」




「あの、さっき、免許は確かに渡しましたよね?」




「……? ええ、受け取りましたよ。ほんとうに、ついさっきのことじゃないですか」




「いま、娘さんとすれ違って……」




「やめてください! 娘は数年前に事故で亡くなってるのよ!」




そう言ってインターフォンを切られた




どっちの言う事が合っているのか分からず、玄関を勝手に開ける




すると、2人の女性がニタリと嫌な笑顔で玄関に立っていた




俺は慌てて逃げ出した


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