第413話 壁が

アパートの1室、隣に誰かが引っ越してきたらしい




らしいというのは、引っ越しのあいさつも無く、また、そこの住人を見かけた事が無いからだ




駐車場も借りていないらしく、車がある様子も無い




それでも、たまに隣のドアを開け閉めする音が聞こえる事がある




なかなか外へ出るタイミグが合うことは無く、そもそも夜勤でもしているのか夜遅くに出て、朝早くに帰ってきている気がする




逆でないのは、一度夜に隣のドアが開閉する音がした瞬間廊下にでたが、誰も居なかったからだ




さらに、何度か声を掛けようと思ったのだが、居るのか居ないのか、インターフォンを鳴らしても出てくることも無かった




大家さんに「隣の人ってどんな人?」と聞いたことがあるが、「うちも家賃は口座から直接支払われているから会った事ないんよねぇ。契約者は親らしいんで」との事




大家と言っても、管理は不動産会社に任せており、実質名ばかり大家(?)みたいだ




ある日、隣の人の事などもう気にしていなかったのだが、急にうちへ来た




「すいません……隣に住んでいる者ですが……」




来たのは、目は充血し、目の下に隈をつくった大学生くらいの男性だった。髪はぼさぼさ、ひげも伸び放題で、隣の住人じゃなかったらどこの浮浪者だと思ったくらいだ




「どうしました?」




見た目に気おされたが、とりあえず話だけ聞いてみるかと思ったのも束の間




「邪魔なので……でていってもらえませんか?」




「は? うちは……何も邪魔になる様な事はしていませんが……」




「いえ、あなたの住んでいる方角が、ぼくの住んでいる場所から鬼門になるので。おかげで夜、眠れないんですよ……うるさくて」




鬼門うんぬんはともかく、うるさいというのには納得がいかなかった。私は夜の10時にはねて朝は6時に起きている。当然、音楽をかけて寝るという事も無い




「……心当たりが無いのですが? 生活音でもしましたか?」




「いえ……ね? 毎日、ぼそぼそと、壁から何か言うじゃないですか……そのせいで眠れないんですよ……」




「私は寝言を言う癖もありませんが? なんでしたら、夜中録音したテープでも渡しましょうか?」




「だから……言ってるじゃないですか……ぼそぼそと壁が……いうんですよ……死ね…死ね……って」




「意味が分かりません。もう帰ってください」




私は話に付き合いきれなくなってドアを閉めた。しばらく家の前でたたずんでいたようだが、諦めたのか隣の部屋に帰った音が聞こえた




「ったく、何だってんだ。壁がうるさいだって? だったらさっき言った通り録音してやるよ!」




その日の夜、壁に向かってテープレコーダーを設置し、録音して寝た。3時間テープだが十分だろう




次の日、渡す前に自分で聞いてみることにした。あれだけ大見えをきっておいて、実は私に寝言癖があったら目も当てられない




そして、聞いて後悔した




録音開始から2時間ほどたった深夜0時ごろ。壁から「死ね…死ね…」と確かに聞こえてきたのだ




それがあの男性の声ではないのは確かだ。なぜなら、その声は女性の声だったからだ。それ以来、私もこの部屋を引き払うかどうか迷っている


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