第351話 アルバイト(長文)
大学が夏休みになったのでアルバイトをして小遣いを稼ごうと考えた
要領の良い学生は、すでに夏休みに入る前から講義を調整してアルバイトに出ている
夏休みは学生のアルバイトが増えるので、夏休みに入ってからでは中々仕事が見つからないらしい
夏休み後はまた講義が始まるし、せっかく小遣いを稼いでも夏休み中ずっと働いていたのでは意味がない
そこで、夏休みの前半の短期間で稼ぎ、後半を遊びと勉強に当てることにした
「いいアルバイト先無いかな」
前述のとおり、夏休み期間のみのアルバイトは早々に埋まったらしく、残っているのは長期と不人気な物ばかりだ
短期募集で海の家のウエイトレスの仕事もあるが、私はあまり接客が得意では無いと自負している。顔は悪くないと思うが、地方から出てきているので、方言が出てしまうからだ
「これなんかどうかしら?」
「お化け屋敷のアルバイト?」
自分自身があまり怖い物が得意ではないため、そんなもの見てすらいなかった
しかし、期間としてはお盆くらいまでの時期で、アルバイト料も日当5000円とそこそこだ
ただ、時間だけが夕方から夜にかけてになっている。具体的には午後4時半から午後9時だ。野外のセットらしく、明るすぎる日中はやらないのだろうか?
友達も一緒にやるというので、しぶしぶではあるがそこを選んだ
幸いと言っていいのかどうかは分からないが、2人とも即OKが出た。仕事の説明をするから来て欲しいと言われたので、向かう事にする。場所は山の方で、ここから車で30分ほどだろうか
友達の軽四に乗って向かうと、セットではなく本物の墓地を使ったお化け屋敷だった
「これ、バチ当たらないのかな……?」
「まあ、私の知っている限りでは明確にバチで何か不幸にあったっていうのは聞いてないかな」
私の不安をよそに、友達は幽霊を信じていないようであっけらかんとしている。まあ、信じていたらこの状態を見てしまえば即Uターンするだろう
「アルバイトさんには、メイクまでしなくていいので、小道具で驚かせたり、音をたてたりしてくれればいいよ」
幽霊の格好をして驚かすのはやらなくていいと言われてホッとした。誰か知り合いが来る可能性が0ではないので、人前には出たくなかったからだ
スタッフは、よくある白装束で長い髪の女性や、血だらけで地面を這う男性、地面から手を突き出させる男性や、よく見れば上半身が真っ黒に塗っただけと分かるが、ぱっと見は下半身が白色なので下半身だけ歩いて見える幽霊などだ
墓地全体をロープなどで順路を作り、テントの様な物で囲ってあるので雨が降っても大丈夫だろう。ただ、明るすぎるとテントの素材を光が貫通してしまうので、これでは確かに夕方以降じゃないと怖くない
私と友達は、こんにゃくを糸で操って当てたり、タイミングを見てドラやガラスの割れる音が録音されているテープを流すだけだ。最初は墓地自体も不気味に感じていたが、ずっと居るせいか慣れてきたみたいだ
そして、お化け屋敷オープン。こんな山でも、そこそこお客さんが来るようだ。わざわざ来るほどの出来では無いように思っていたが、案外と需要はあるらしい
夕方や夜にここに来て、そのままホテルへ行くパターンもあるのかもしれない。もう少し行けば、普通に宿があるし
私と友達も、そこそこ頑張った。最初の頃はこんにゃくを当てられなかったり、音楽がずれてスタッフから注意されたが、3日もやれば随分慣れた
それに、夕方まで友達と遊んで、夕方から働けるので、この感じなら夏休み一杯働いても不満はない。お金が余れば、夏休みの最後に2人でどこか車で旅行に行こうか、なんて話していた
不思議に思ったのは、お盆に入ってからも誰もこの墓地にお参りをしに来ない事だ
本物の墓地なのに、何も言われないのか、こうなるとこが分かっていたから時期をずらすことで了承されているのかは分からない
しかし、お盆に入って明らかに墓地の空気が変わった気がする。霊感なんて無いけれど、異様に寒さを感じたり、鳴らしても居ない音が鳴ったりする
驚かす側のはずなのに、何か音がするたびにビクリとさせられ、今さらながら怖くなってきた
夜の8時半も過ぎ、いつもなら片付け始める時間だが、ぎりぎりになってお客さんが来たみたい
薄い服を着た女性が一人だけ。大抵カップルか、騒ぎたい男性グループ、家族連れの多い中、一人だけで来るのは珍しい
しかし、お客はお客だ、これが終われば片付けかな? と思いつつこんにゃくを構える
友達が音楽を鳴らし、その音に気を取られた隙に私がこんにゃくをぶつける算段だ
女性が近づき、友達が音楽を鳴らせば……という所で鳴らない。まさか、お客さんに気が付かずに片づけをしている?
仕方が無いので、私だけでもちゃんとしようと、こんにゃくをぶつける。びちゃんと顔面にダイレクトヒットしてしまった。いつもは音に驚いて横を向くので、頬に軽く当たる程度なのだが。内心「アチャー」と思ったが、声を出して謝るわけにはいかず、そう言うものだと思ってもらうしかない
私の役目は終わったと、その女性を見送り、片づけを始める
「最後までちゃんとやってよねー」
帰り道の車の中で、そう言って友達に注意する。私の中で、顔面ダイレクトヒットの罪悪感が尾を引いているのだ
「え? 最後のお客さんってベッタベタのカップルの事? ちゃんとやってたじゃない」
「その後。最後、薄着の女性が来たでしょ?」
「知らないよ? 最後、入口がちゃんと閉まるのを見てから片付け始めたから、見逃しは無いと思うんだけど」
私の角度からは入口は見えないが、反対側に居る友達の場所からは入口が見える構造だ
「嘘っ、じゃあ、あれは? でも、こんにゃくは当たったし?」
幽霊ならこんにゃくなんて当たらないよね? と思って内心ビビる。あっ、もしかして友達の作り話かな? 最後、単に見逃しただけとか
そう思った瞬間、ビタンとフロントガラスいっぱいにさっきの女性がくっついて着た
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