第289話 アパートの1室
私はこのアパートに引っ越してきたばかりだ
駅に近いからなのか、ほとんど満室で、1室だけ空いていたのだ
3階建てでセキュリティもよく、家賃も平均より安いくらいだったので即決した
念のため、以前に事故や事件みたいなものはありますか? と聞いたところ、ありませんという事だった
私の部屋は2階の一番左角だったので、右隣と、その右隣くらいまで引っ越しのあいさつをすることにした。もし、足音がうるさいと言うような人が下の階に居るようだったら、その人にも一応あいさつしておくべきだろうか
隣の人はちょっと暗めの男性で、引っ越してきましたと引っ越しそばを渡しながら言うと、「はぁ。どうも」とだけ言ってひっこんでいってしまった
その隣の人は、逆に話し好きのおばちゃんで、一人暮らしで暇らしく中へ入りなさいと勧められた。まだ片づけは終わっていないが、これもご近所付き合いの一環だと思い、上がらせてもらった
おばちゃんは引っ越しそばをありがとうともらい受け、代わりに麦茶を出してくれた。夏も終わり際で暑かったので丁度いい
「ところで、下の階の人ってどういう人か分かりますか? 挨拶をしにいったほうがいいですかね?」
「1階の角の人かい? あんまり見たこと無いけど、普通のおじさんだったと思うよ。わざわざあいさつに行くほど付き合いがあるとも思えないねぇ」
アパートでのイベントや集会などは無いらしいので、無理に挨拶をしに行く事は無かった
それから数日間は、何事もなく過ごすことが出来た
家具の配置や段ボールから出したものを全て片付けたころ、夜になると隣の部屋から音楽の様なものが聞こえてくるようになった
うるさいとまでは言えないが、静かにしていると小声で話しかけられているような感じがして嫌だ
しかし、来たばかりの新参者がいきなり文句を言いに行くのもはばかられたので我慢した
しかし、1週間ずっと続いていたので話し好きのおばちゃんに相談を持ち掛けた
「隣の人、夜に何してるんですかね?」
「隣って、ちょっとおたくっぽい男の子?」
「はい。夜になると何か音楽みたいなものが流れてくるんですよ」
「変ねぇ。その子、夜はコンビニのアルバイトに行っているから部屋にいないはずだし、私の部屋には聞こえてこないわよ?」
納得はしていないが、そう言われては「そうですか」としか言いようがなく、部屋に戻った
21時ごろ、静かにしていると、確かに隣の人は出かけて行ったようだ。本当に音を立てないようにしずかにドアを閉めていたらしく、今まで気づかなかった
23時頃、音楽が聞こえてくる。音の発生源を探ろうと、壁に耳を当てながら調べていると、丁度ふとん側の壁から聞こえてくるみたいだ
「こっちは、何もないよな?」
角部屋なので、左側の部屋なんてない。下から響いてきているわけでもない。俺はなんとなくベランダにでて音源を探ろうとして、ベランダの柵越しに男と目が合った
「南無阿弥陀仏……」
そう言って男は消えた
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