第287話 影が

「私はダンスを見ていただけなんですよ」




その男は、たまたま飲み屋で隣に座っただけの男だった




年齢は恐らく30代前半くらいだろうか。一人で飲みに来たらしく、話し相手として俺が選ばれたようだ




たわいない話の中で、何か怖い話は無いかと聞いたところ、あるというので聞くことになった




「私はアイドルの後ろで踊っているバックダンサーが好きでね、他の人達と違ってそちらの方ばかりを見ているんですよ」




「それは、コンサートとかで?」




「後での話になるんですが、テレビで放映されたものには映っていませんでした」




何が? とは聞かず、男の好きに話させることにした




「私は、同じ動きをするバックダンサーを見ているのが楽しくてね、ああこいつらは揃っている、ああ、こいつは少し遅れたな、とか勝手に見ているんですよ」




「そして、顔を見せない女性のバックダンサー集団がいたんですよ。スタイルが良く、これで顔が良ければむしろアイドルとして食っていけそうな、そんな女性たちでした」




「私は、見た目だけで言えば20歳いってないくらいの女性に目が釘付けになりました。なぜ? と聞かれれば彼女だけ雰囲気が違ったのですよ。全く同じ動きをしている中でも、彼女だけが目を引くと言えばいいのか」




「それでね、じっと見ていたらある事に気が付いたんですよ。彼女のね、その、影が、彼女の動きとワンテンポ違うという事に」




「ああ、言っておきますがライトの具合とかではないですよ? 彼女以外は普通の影でしたから。それでね、よく見るとその影だけ……彼女の足と繋がっていなかったんです」




男は自分で言ってて怖くなったのか、ぶるっとして自分の影を見る




「それ以来ですね、たまに見るんですよ。街中で。影と本人の足元が繋がっていない人を。私は思うんですよ。そう言う人は、何かが乗り移っているんじゃないかって」




そう言って男はもう一度自分の影をみて、周りの人の影を見る




「幸い、ここにはそう言う人は居ないみたいですね」




男はそう言って立ち去ろうとしたので、肝心なことを聞いていないことに気が付いた




「それで、その女性はどうなったのですか?」




「ああ、彼女は行方不明になったみたいだよ。夜、いつの間にかいなくなっていたらしい。まあ、東京じゃ失踪者なんて珍しくもないかもしれないがね」




そう言って立ち去った男の影が、ピクリと動いたような気がした

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