第9話 ヒトを殺した話 前編

 これまでのあらすじ。

 小学生ながら成人モデル顔負けの体形をもつ少女、

 六年生の夏、彼女は生まれ育った東京を離れ、鳥取県若桜町へ引っ越してくる。

 そこで、封印されていたキツネの霊、ミキに出会う。

 ミキはもともと、トヨウケビメに使える神獣だったが、高校二年生のある日、死亡し、その魂は封印されたのだという。

 ミキはイマの家で暮らすことになる。

 その後、新たな学校に通いはじめるイマ。

 そこでの出来事を経て、ミキは知る。

 イマは五年生の冬、性的な目的で誘拐され、辛い過去を忘れる為に鳥取に引っ越したのだという。

 ミキは誘拐された記憶もろとも消滅することでイマを救おうとするが、イマはミキが存在することを望み、トヨウケビメはその願いを叶えるのだった。


 そして、半年ほどがすぎて冬。

 イマの家は山のふもとの古民家を改装したもので、周囲に民家はない。

 なので、クラスメイトで友達のカノンとセリカの二人とは途中で別れた。

「イマ、お腹すいたわ」

 いつの間にか、今の横には一人の少女がいた。

 ミキだった。

 キツネの霊で、トヨウケビメという神様に仕えている。小学校低学年くらいに見える見た目だが、死亡した時点で十七歳、生きていたら現在は二十五歳だそうだ。

「うん。今日のおやつ、なんでしょうね」

 イマはミキを見ながらいった。

 そのとき、イマのズボンのポケットでスマートフォンがバイブした。

「ダメじゃない、イマ。音が鳴らないようにしておくって約束で、学校に持っていかせてもらってるんだから」

 ミキが口をとがらせる。

「えへへ。サイレントにするの忘れてました。授業中に通知来ないでよかった」

 イマはスマートフォンを取り出す。

 画面を見ると、メッセージアプリの通知で『晩ご飯、食べたいものある?』とメッセージがあった。

「お母さん、晩ご飯なにがいい? って」

 イマが尋ねると、ミキはすかさず口を開く。

「そうね。今日の気分はガッツリしたものがいい。うん、から揚げ食べたいわ」

「私、先輩の口から『最近胃もたれがひどいから、あっさりしたものが食べたいわ』っていってるの聞いたことないんですけど」

 イマはミキの口調をまねる。その途端、ミキが足のすねを蹴った。

「痛っ!」

 イマはその場にうずくまる。

 幽霊は現世のものに触れることはできない。だが、魂の一部を共有しているイマとミキの間では、触れ合うことができる。

「せ、先輩なにを……」

「いいから、さっさと返信なさい」

 ミキにいわれ、イマは『唐揚げが食べたいな』と返信した。


 家に帰ってくると、玄関の鍵がかかっていた。

「あれ? お母さん、今日パートだっけ?」

 イマはポケットから鍵を取り出し、開けた。

 やはり母は出かけているようで、玄関に靴はなかった。

「寒いですね。鳥取って東京より西だから、もっと温かいかと思ってた」

 そういいながら、イマは自室に入りコートを脱ぐ。

「暖房つけるわよ」

 そういいながら、ミキは暖房のリモコンを手に取る。

 幽霊は現世のものに触れることはできない。だが、この部屋は特殊な結界が張られている。

「なにか食べ物もってきますね」

 イマは台所へむかう。

 そしてすぐに、「先輩、ちょっと来てください」という声がした。

 あまり緊急性を感じる口調ではなかったが、ミキは小走りで台所へむかった。

 台所に入ると、イマが冷蔵庫から皿を取り出してミキに見せた。

 皿には、焼いたサンマが二匹乗っており、そこにラップがかけられ、メモが張られていた。


『今夜はお父さんも、お母さんも遅くなります。ごはんは先に座敷童さんと食べておいてください。 お母さんより』


 ミキは少し考え、こういった。

「イマ、とりあえず、アタシの存在を認めてくれるのは嬉しいけど座敷童じゃないってお母さんにいっておいて」

「あの、先輩。そうじゃなくて……」

「わかってるわよ。さっきのメッセージでしょ? もう一回確認してみたら?」

 イマは「うん」とうなずき、皿をテーブルに置くと、スマートフォンを取り出し画面を見る。

 さっきは、メッセージの内容だけを見てお母さんからだと思った。しかし、再度確認してみると、お母さんからではなかった。

 アイコンも違う、IDも違う。

 名前は『お母さん』で登録されているが、それは全く知らないヒトからだった。

「知らないヒトだ……どうしよう、先輩」

「なんで知らないヒトから連絡が来るのよ」

「多分、なにかのバグだと思う」

「じゃあ、無視しときなさいな。そのうちむこうも気づくわよ」

 ミキは面倒くさそうにこたえた。


 イマは自室で宿題をしながらチラチラとスマートフォンを見る。

「なに? 宿題に集中しなさいよ」

 ミキは黒糖パンを口いっぱいに頬張りながらいった。

「でも、やっぱり気になって……」

 ミキはため息をついて、なにかをいいかけた、そのときだ。

 イマのスマートフォンがバイブする。

 また、さっきのヒトからのメッセージだった。


『唐揚げ、おいしくつくるね。』


 そんなメッセージだった。

「先輩、また送ってきた」

 イマが情けない声を出すと、ミキは大きなため息をついた。

「しょうがないわね。アタシが上手く説明して、誤解を解いてあげるから、ケータイ貸しなさい。それで、アンタは宿題に集中すること」

「ありがとう、先輩」

 イマはミキにスマートフォンを渡した。

 きっとミキなら上手くやってくれる。そう思った。


 イマは集中して宿題に取り組み、三十分ほどで全て終わらせた。

「先輩、終わりました。そっちはどうですか?」

 イマがミキを見ると、難しい表情で画面を見つめていた。

「イマ、大変なことになったわ」

 ミキはやや青ざめた表情でイマを見る。

「先輩、どうなったんですか?」

「あ、を何回押しても、あ、しか入力できないのよ」

 イマは少し考えて、こういった。

「先輩、それ、フリック入力ですよ」

「フリック入力?」

「もしかして先輩が生きていた頃って、スマホまだありませんでした?」

 その途端、ミキは慌てたような表情になる。

「バ、バカいわないで。アタシが高校のときにはあったわよ。学校にアイフォン持ってきてるヒトがいて、これがスマートフォンかぁ、って先生まで授業そっちのけで見てたものよ」

 ミキは得意げな顔、いわゆるドヤ顔を浮かべた。

「先輩、ありがとうございます」

 イマは満面の笑みを浮かべ、ミキの手からスマートフォンを抜き取った。

「で、どうするの? イマ」

 ミキは真剣な表情になる。イマもだ。

「とりあえず、誤解ですって説明してみます」

 イマがメッセージを入力しようとしたそのときだ。


『あなたに、大事な話があります。

 今日、お腹の子を堕ろしてきました。

 手術はすぐに終わりました。思っていたより簡単でした。

 あの子が天国に着いたら、どうか可愛がってあげてください。』


 さっきの『お母さん』からのメッセージだった。

「あらら。ずいぶん重い話しね」

 画面を覗き込みながら、ミキはあっさりといった。

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