第48話

 その日も、エルドレッド王国領ブレンドの冒険者ギルドは平和だった。

 元々良好だった依頼達成率も、夏場辺りから上昇傾向、平和と言うよりはより一層安定してきているといった方がいいか、今日も街や国、個人からのクエストが幾つも張り出されている。


 ウォールナットのドアを開け、訪れた二人に、美人で優しくて器量も良いと周辺からも評判高い受付嬢、ヨッタがいつも通り歓迎の声をかける。


「ようこそお越しくださいました、あら……おかえりなさいませエイジさん、ローキラスさん」

「こんにちは、ヨッタさん」

「おう、ヨッタ嬢ちゃん、酒をテーブルまでよろしく、あとエイジにもなんか冷たい物を」

「畏まりました」


 何時でも明るい褐色美人のお姉さんに手を振って、エイジともう一人、ローキラスと呼ばれた男はギルドの奥、この数週間の間にすっかり指定席となってしまった席に向かい合って腰をかける。

 茶色の髪を短く刈り上げ、鍛えられた肉体を惜しげも無く晒す、四十代半ばと言った見た目のローキラスは、まずは運ばれてきた酒を一杯、エイジもブレンド支部限定だという果実のジュースで乾いた喉を潤した。


 此処からはいつも通りの反省会というか、互いを褒めたたえるような会話がぼちぼち始まるのだが、今日は受付奥の部屋から出てきた筋骨隆々の男が、周囲の視線を浴びながら近付いてきたのだ。


「やあ二人共、毎日頑張っている様ではないか」

「ラザロ副ギルドマスター……」

「ラザロのとっちゃんか、最近忙しそうにしてるのはあんたの方だろ?サボってていいのかよ」


 礼儀など知らないとでもいう様なローキラスの言い様にも、ラザロは慣れているようで、笑いながら隣の席から椅子を持ってきて、二人のテーブルに着いた。


「偶には羽を伸ばしたって構わんだろうが、老いぼれにはこの所の多忙は堪える、秘書でも雇おうかと本気で考えているよ」

「それはそれは、お疲れ様です」

「それにギルドメンバーとの対話の立派な仕事じゃ、決してサボっている訳では無いわい」

「はいはい分かったよ、で?なんか用があるんだろ、手早く済ませないとエイジはこれからクエストに行くんだろ?」

「おや、そうだったのか、まぁエイジ君が最近特に頑張っている様だから、どんな様子なのか聞きに来たのだが……それに幾つか用件もあったんだが、急ぎならばまた次にしようか」

「いえ、どうせ出先で一晩は過ごすつもりでしたので、時間ならまだ」

「そうか……いや、わざわざ例の報酬の取り分で剣術指導を賜りたいなどと、珍しい事だったからな、その件についても少しな」



 エイジとキャロルが沼地での魔石採掘クエストから満身創痍で帰ってきてから既に一か月ほどが経過している。

 あの日から二日間、エイジはエルドリングと戦った後と同じ様に魔力の欠乏症と呪いによって、激痛に苛まれていた。

 ヴァネッサの手厚い?専門的なことは分からないが、意識と痛覚を意図的に切り離すという荒療治によって、翌日には何とか目を覚ますことも出来た、後は黒剣により削られた魂の力を魔力や生命力によって埋め合わせ、補充していく、そうする事によって前回よりも劇的に速い回復を図る事が出来た。

 当初はブレンドの教会に併設されている治療院への入院を勧められたのだが、なんでもキャロルとヴァネッサが反対し、半ば無理矢理例の店に引き取ったらしい。


「ちょうど現役引退したばかりの暇人がいたものでな、当ててみたんだが、どうだろう、しっかり教えてくれるか?」

「はい、流石はシルバーランクの剣士です、とても丁寧……に教えて……貰ってます」

「おい、なんでそこで言葉に詰まった?丁寧だろ?丁寧だよなぁ!?」


 とは言っても全快には未だ程遠い、あの妖花……正式にはスキッド・ヘルフラワーと言うらしい名前の高ランクモンスター、あの大木を縦に斬り裂いた一閃、エイジから大量の魂の力を吸い上げ放たれた一撃があらゆる後遺症を引き起こしているのが、自分でもわかる。


 夜ごとの悪夢など可愛い方だ、街中を歩いているときに何かに呼ばれた様な気がするなどの幻聴や、視界の隅に何ががいた様なといった幻覚、そして不定期に襲い来る右腕の激痛、正確にはまたその範囲を拡大させた呪紋が焼ける様な、刺す様な、あらゆる痛みを味わわせてくれる。


「こらこら、脅すんじゃない、お前が丁寧などという言葉とは無縁な事は良く知っておるわい、しかしその様子を見るに上手くやれているようだな」

「そうだな、エイジは思ったより付いてくる……このまま鍛えて行けば剣術だけでもブラックランクになれるだろう才能を感じるな、これで本業は魔術師を名乗りたいってんだから、器用なガキだ」

「そんな……僕なんて未だローキラスさんに触れることも出来ないですし……」

「ケッ、よく言うぜ!なぁとっちゃん聞いてくれよ、一昨日なんて剣術以外で魔術の使用も許可した、なんでもありの模擬戦をやったんだけどよ」

「ほう、どうなった」

「そしたら急に眼の色変えやがって、身体強化に眩しい盾、風魔術の応用か知らないがとんでもなく素早く動きやがるし、風の刃とか言って遠距離攻撃もしてきやがった!最終的には高速で逃げ回りながら延々と魔術をぶっ放してきやがったんだぜ!もう剣術なんか関係なかったな、かっかっかっか!」

「それは、事あるごとに『こんなもんか!』って『もっと見せてみろ!』って煽るから……まぁ僕も途中から楽しくなってきちゃいましたけど」

「それはわしも見てみたかったのう」


 そんなエイジよりも、キャロルの負傷の方が重体だ、エイジよりも根を張られていた時間が長かったせいか、寄生の影響が大きく出ており、身体の内部の深い所にまで傷を負っている。

 そして仕方が無かったとはいえ、体内で直接その寄生体を浄化の炎で燃やしたことで左腕の一部、身体を稼働させるために重要な神経という物に傷を付けてしまったらしい。


 結果、彼女の左腕は思うように動かない、肩を上げる所までは問題ないのだが、スプーンを握る事も覚束ないほど、指先の動作が鈍くなっているのだ。


 エイジが歩けるようになるまでブレンドに戻ってから六日ほどかかった、ヴァネッサの店の奥に案内され、キャロルからその話を聞き、エイジは慟哭し詫びた。

 泣き喚くエイジにキャロルとヴァネッサはエイジのせいではないと諭してくれたが、そんなもので納得できるほど、無責任な心情を持ち合わせてはいなかった。


「昨日は、エイジが調子の悪い日だったから軽く流したが、今日は良かったな……風の魔術と身体強化を使った高速戦闘、粗削りとはいえ完成形がみえる良い魔術剣だと思うぜ」

「それでもローキラスさんに一撃も当たらないんですけどね」

「あったりめぇだ!引退したとはいえまだまだ若造に負けるかよ、こちとら何年冒険者やってっと思ってんだ、かっかっか!まだまだ力の配分が甘い、速度に比を割き過ぎで自分でも制御できていないんじゃねぇか?そこら辺は紫炎の小娘か黒魔女のババァにでも教わるんだな」


 紫炎という言葉を聞いた途端、エイジの表情に影が出る、ローキラスは知らぬ存ぜぬといった風で酒を煽るが、ラザロがごつく硬い手の平でエイジの肩を軽く叩く。


「大丈夫だエイジ君、キャロルは強い娘だ、昨日もここに顔を出しておるそうだ」

「…………はい」


 そう言うとラザロは懐に手を入れ、一枚のカードを取り出した。


「それに君も強い、その成長しようという意思はとても尊く宝石の様に輝かしいものだ、これは快調祝いだ、受け取ってくれ」

「これは……?」

「お、随分懐かしいね、それも副ギルドマスターから直々にとは、かっか」


 ラザロから手渡されたのは薄く緑がかった鈍色のカード、それははじめて冒険者についてヨッタから説明を受けた時に見覚えがあった。


「アイアンランクの冒険者プレート」

「そうだ、この二週間足らずで討伐三件、採取四件、その他行き先でも積極的に危険モンスターの討伐を行っているそうではないか、十分そのランクに足りうる実力だと判断した」

「まぁ当然だな、何でもありの決闘ならそこら辺のブラックランクにも引けは取らん、俺が保証してやろう」


 そのプレートをじっと見つめるエイジ、評価されたことを素直に喜べども慢心などしない、当然の結果などと満足もしない、これはただの一歩、終わりがあるのか分からない旅のほんの通過点に過ぎない。

 そしてこの時からエイジは次の“寄り道”の計画を本格的に進め始めた。








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