第46話

 星一つ見えない夜空。

 陽下の街の喧騒もとうに消え、早い者は既に寝静まっている、こんな時間に外を出歩くのは真面目な自警団員か、酒気を帯びた平和な愚か者くらいだろう。


 冒険者ギルド ブレンド支部

 副ギルドマスターであるラザロは、自室と言っても過言ではない程の私物に溢れた応接室で、数枚の書類と睨み合っている。

 エイジはこの部屋を書斎のようだと思ったが、まぁ似たような物だ。


「ふー………む」


 書いてある内容は蜉蝣の団の中隊が近隣で目撃された件についての、続報だった。

 一枚は商業ギルドから下りてきた更に詳しい情報、もう一枚はこちらのギルドから出した組員からの情報のまとめだ、二人一組で諜報活動を主に行う、ラザロにとってもギルドにとっても重宝している冒険者だ。

 どうやら活動中にルゥシカ村から逃げてきたという蜉蝣の団の一員を発見、確保し情報を吐き出させたという、そして急を要する案件だと判断し、片方がルゥシカ村へ直行し現状と事実の確認、もう一人が吐き出させた内容を先んじて報告に帰ってきたという運びだった。


「なるほどのう、やはり……彼は当事者だったか、おおよその内容に相違はないが」


 確保されたという団員は、職人技の拷問を受け処分済みだという、出来る事ならとある仕事をしてもらってから死んでほしかったが、致し方あるまい。

 帰還したシーフにブレンド及び周辺街道の調査という名目で、他にも逃げ散った団員が

 いないか探させてはいるが、まぁ望みは薄いだろう。


「エルドリング、魔術の暗黒面を垣間見てしまったのか、最近は目立った活動もしていなかったようだが……まさか南方移民の集団と繋がっていたとは。はぁ……どうしようかなぁ……揉み消しちゃおうかなぁ」


 一枚の書類を机上に放り投げ、全く面倒ごとを背負い込んでしまったと溜息をつく。


「それよりも、問題は…………こっちのようだが、エイジ君か」


 此方で仕入れた情報の方に、何度か出てくるキーワード。


『黒い剣を持った少年』


「蜉蝣の団遊撃隊、百人隊長ガプ……及び顧問魔術師エルドリングを倒したという少年、これだけ見れば冗談だろうと笑い飛ばしてしまうが」


 ラザロが思い出すのはエイジから提供された情報。


『隠れながらだったので正確には分かりませんが、大斧を使う男と相打ちになりました』


「まだまだ若いなエイジ君、ギルドの情報網を甘く見たのか、こういった謀に向いていないのか、確かな事は彼が何かを隠しているという事だ」


 エイジの話した内容は、蜉蝣の団は内乱を起こして自滅したという事だった、一度は所詮盗賊、そんな事もあるかも知れないなと納得してしまったラザロだが、考えてみれば、内輪もめ程度で壊滅する集団が、王都を脅かすほどの盗賊団まで成長するとは思えない。


「二人には堅く口止めさせておくとして、エイジ君の処遇をどうするべきか、だ、まぁ隠したという事は自分から広めるようなことはしないだろう………しかし黒い剣とは何だ…本当にエイジ君がエルドリングと盗賊団幹部と相対して勝利したというのか?」


 どうやら事はただの盗賊団による襲撃など済む話ではない様だ。

 考察すべき事柄は、エルドリングが何かを探していて蜉蝣の団はそれに付き合ったという事、それに黒い剣を持った少年によって彼らは全滅したという事。


「幸い、エイジ君はクエストに出ている様だ、ヨッタ君の話では今日明日は戻らないそうだから、今の内に打てる策を用意しておくことに越したことはない」


 ラザロは左頬の大きな傷跡をなぞり乍ら、今日何度目になるか分からない溜息が出た、それは夜空に消えてくれる事は無く、ただ鬱々とした広い応接間に漂うのみだった。



 ※※※



 ブレンド南方側、町民の間では通称『大壁』と呼ばれている場所、南方移民の襲撃に備えられたその壁は、その重圧、重厚さどれをとっても王都の城壁と遜色ない、実際十数年前の移民掃討作戦時には、幾度となくその報復を退けてきた。

 そして大壁はただの壁に非ず、その内部は警備と自警団、そして逗留している王国兵が防護にあたり易いよう様々な工夫がなされているそうで、要塞の役目も果たせるとか。

 残念ながらその内部は極秘扱いにされており、一般人は緊急時以外に立ち入ることは許されていない。


 その大壁にけたたましく各員警戒を促す笛が響き渡る。

 途端に慌ただしくなる壁内部、笛の音は二度細かく吹かれた後に一拍を繰り返している、これは第四級警戒態勢の合図だ、不確かな情報によれば南方より火の明かりではない何かが接近中とのこと、それは冬が近い夜闇の中で強弱つけながら人が歩くよりも遅い速度で近付いてくるというのだ。

 冒険者や商人、町民ならば判別の為の合図、左右に大きく揺らすか、灯りを決められた間隔で手で隠すといった合図を知っている筈だ。

 この日警備隊長として夜間の対応を任されていた人物が、壁の上方、望遠機の傍で状況を見続けている部下から報告を聞く。


「で、どうだ?動きは」

「はッ、変わりありません!此方から何度か灯りと合図を向けましたが反応なし、魔術を使える者に確認させましたが、あれは魔術の光で間違いないとの事」

「姿が確認出来るまでは第四級での警戒を維持、状況によっては即座に警戒レベルを上げられるように準備させておけ」


 現在時刻はとうに日付も変わり、あと二三時間もすれば空も明るくなるだろうという、そのため現在当直等で大壁内にいる兵隊は約二十人、そこから腕に自信のある三人を抜粋し、隊を編成、接近する発行体の正体を確認するべく動かしている。


「隊長、接触します」

「…………」


 部下たちの掲げる松明の炎が、弱々しく揺れる光に、もう少しで接触するというところまで近づいている事が、肉眼でも確認できる、秋の終わりの澄んだ空気は細かい光も良く通す。

 そして謎の発光が消えたかと思うと、松明の明かりがこちらの方向に向け円を描くようにして回される。


「あれは………」

「問題なし、と救援の合図ですね……どういう事でしょう」

「引き続き警戒にあたれ、直接見てくる」





 自警団員の一人が松明を掲げ、あとの二人が槍を構えながら慎重に光に向け接近した、そして目にしたものは、そこらで拾ったかのような棒を杖にして死人のような顔色でゆっくりと歩を進める少年だった、縋るように木の棒に体重をかけながらも、もう一方の手はその背後に背負う人間をしっかりと支えている、杖代わりにしている棒の上尖端には点滅し、今にも消えそうな光が灯っている。


「何者だ!」

「……………」


 ブロンドの髪の少年が、話しかけられてようやく自分たちの存在に気付いたかのような反応を見せる、歩みを止め、自分たちの顔に一人ずつ視線を向ける。

 髪色は珍しいが、一番警戒されていた南方の人種では無いらしいことは解かる。


「……良かった」

「なにぃ?」

「助かったぞ、キャロ……る」


 フッと棒に灯っていた光が消える、そして前かがみになって倒れそうになる少年、槍を構えていた一人が咄嗟に武器を放りその身体を支えに入る。


「おい、なんなんだ、君!しっかりしろ!」

「合図を送れ、二人共怪我人だ、衰弱している様だ」


 死んだように脱力する少年、それに背負われていた方は少年と同い年位だろうか女の子のようだ、しかし異様な事に身に纏うローブはいたる所が血に塗れ、どう見ても普通では無いことは分かる。


 夜の冷たい風がエイジの肌を撫で、瞼が落ちきる寸前に空が見えた。

 星一つ見えない空だが、それが何故かとても、とても奇麗に見えたのだ。







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