第43話

 妖花も学んだのか、この光盾が簡単に破壊できる盾ではないと解かっているらしく、エイジがそこから出てくるまで目立った動きは無かった、当然今度は逃げられないようにとまだ残っていたらしい寄生された野犬や猪をうろつかせている。


 岩の影から盾越しに、その様子を窺う。

 正面に対峙するモンスターは、ご丁寧に五本の指まで形成している腕を力無く垂らしながら自分から動こうとしない、植物系のモンスターとは罠を張り待つことを得意としているのだ。


 エイジは身を低くし半身で構える、ゆっくりと腰に手を回し、マジックバックの中からガプが使用していたのであろう大振りのナイフを取り出した。

 ここまで接近されてしまっては、魔術師の得意とする距離ではない、エイジはルゥシカ村の村長の家で読んだ本の一文を思い出した、接近戦に持ち込まれた時の為にたとえ魔術師だとしても戦闘技術を磨くことは有用である、そんな事が書いてあった。

 そして肉体強化の魔術についても少しだけ、村にいたころは殆ど失敗ばかりだったし練習も途中でやめてしまったのだが。

 エイジの両腕の呪紋によって、自身の魔力の流れがとても良くわかるようになった今なら、肉体強化の真似事くらいは出来る……はずだ、実際にこの沼地まで歩いてきたときも、キャロルを背負って走っているときも、身体に魔力を巡らせて体力の肩代わり、もしくは力を加算させる術は成功している。


(このモンスターを風で吹かそうが、殆ど効果が無いだろう……風刃であの花を落とせば逃げ出すくらいの隙が出来るだろうか……)


 だったら直接切り刻む、所詮人間の形を真似ているだけだ、腕を切り落として頭の花も斬る、そして足も薙ぎ払ってやれば、光盾を隙にキャロルと逃げるくらいの時間は稼げるだろう。


「キャロル……悪いが自衛は出来るな?寄生された動物は殆ど残ってはいないけど、僕が本体を叩く、それまで耐えてくれ、それか余裕があるなら一人で逃げるんだ」

「だったらあたしを背負って逃げればいいじゃない」

「………あのモンスターの寄生体は大体片づけてしまった、あいつの一番厄介な能力は寄生だ、催眠はあの飛沫と霧があったからあそこまで嵌ったけど、滝壺の周辺からあいつが出てくることがあれば、もしこの周辺の生物があいつの軍隊となったら、最悪だ……ブレンドにも多大な被害が出る、それに正直君を背負って逃げ切れる保証がない」

「だからって勝算はあるの!?勝算も無しに戦っても、それはただの玉砕よ!」

「分かってるよ」


 エイジの手が、キャロルの髪をそっと撫でた。

 高ランク冒険者と新米冒険者のポンコツパーティ、指導役である高ランクの方は負傷、致命にまでは至らないまでもすぐに戦線に復帰できるような軽傷ではない、そして新米の方はなにをとち狂ったのか、全く決め手の無い、無謀としか言いようがない戦いに身を投じようとしている。

 どう考えても絶望以外の道はない、それなのにエイジは絹を扱う様な優しい手つきで、そして微笑んでいるのだ。


「何を…………考えているの?」

「さぁね、でも何故だろうね、予感と言うか……ある種確信と言うか、何とかなる気がしてるんだよね、あ、自暴自棄になってるわけじゃないよ?」

「エイジ君が何を言っているのか分からないわ、いいから盾に隠れている間に逃げましょうよ……」


 その言葉にエイジは答えなかった。

 今までに使った魔術を考えて、恐らくエイジの魔力残量は三割も無いだろう、その証拠に魔術を使う構えでは無く、刃渡り一尺ほどのナイフを握っているのだから。

 エイジが手振りだけで光盾を消滅させる、信じられない事だが、彼はこの状況でも本気で何とかなると思っているらしく、本気であの化け物と言っても良い位の高ランクモンスターを倒して、キャロルをも助ける気でいるらしい。

 光盾の影からエイジが身体を出した、妖花は人間が首を傾げるのと同じ動作で花を横に倒し、エイジをじっと見ている様だ。


「駄目よ、エイジ君……そんなんじゃ駄目」


 このままでは彼は死ぬ、身に纏う魔力は身体強化のつもりなのだろうが、ただ魔力を身体中に循環させているだけ、それでも幾らから動きがよくなる効果はあるだろうが、セーフティも無ければ、無駄や漏れも多い、あれでは後で負荷が何倍にもなって返ってくるだろうことは容易に分かる。



 戦闘は静かに始まった。


 人の形を取った妖花が、その両腕をエイジの方に向けると、そこから伸びる枝の触手、その鋭利な先端を冷たく見極めたエイジは身体を少し捻るだけでそれを回避、同時にナイフを振り下ろし枝の一本を斬る、残った一本が鞭のように撓りエイジを捉えようとしているのか胴に絡みつこうとするのを、屈んでやり過ごす。


(あいつの主な攻撃方法は、枝を触手に自在に操ること、突くか、叩くか、捉えるか)


 ナイフを握る手に力が籠る、形状も全く違うのに思い出すのは黒剣を握っているときの感触、自身の魔力やそれ以上の物を捧げ力を得て、強大な相手に立ち向かう事に何の疑問も感じなかったあの昂揚。


(似てるんだ、エルドリングが召還した黒いスライム、あれと戦っているときの事を思い出す、絶望的状況ってレベルなら今も負けていないが、あの時と同じ、『戦う事で道が開ける』という確信、それ以前に)


「は、はは……何だろうなこの気持ち、何だかすごく」


 埒が明かないとでも思ったのか、妖花の胴体を形成していた枝が縦に割れ、大きく空いた穴の中から、無数の細く細かい枝の触手がエイジに襲い掛かるが、光盾を出現させ全てを防ぐ、そして盾ごと突進をかけ、超至近距離まで接近、妖花が何か行動を起こす前に、ほぼゼロ距離からのエア・ハンマーを胴体のど真ん中に当てる。


「楽しいんだよなぁあッ!!!」


 大きく仰け反るが、足を形作る枝、いや根は地中に埋まっており、後ろに吹き飛ばされることも無くその場に倒れる。


「斬り離してやるよ!」


 エア・ハンマーに耐えたが一部が千切れかけている足部分に横一閃を放つ、が、伸ばして来る枝や根の強度よりも、人型を形成している部分は堅い様で、人で言う足首の辺りにナイフが半分埋まっただけで止められてしまった。


 その隙を逃さない妖花は、糸で釣り上げられたように上体を起こして、絡み合い腕を形成している枝をほどく、そして網のように組み合わせた腕で再度エイジを捉えようとする。


「ッチィィィイ!」


 抜けなくなったナイフを放棄して、素早く後方へ跳んだ、なんとか攻撃の範囲から逃げられたが、悔やまずにはいられない、もしナイフでなくもっと切れ味のある武器で攻撃していたら、とりあえず人型を根っこから斬り離すことは出来ただろう。

 マジックバックから新しいナイフを出す、ガプがやたら武器を貯蔵していたので在庫は十分にある、そして今度は待ちの姿勢では無く、攻める。


 エイジは魔力駄々洩れの身体強化で、普段よりも強化された脚に力を籠める、叩きつけられた太い触手を大きく横に跳んで回避、そしてその方向にあった木を蹴り、高く跳んだ。


「おぉおおおおラッアアアアア!!」


 着地点は妖花の目の前、エイジは空中にいる内に、再度マジックバックから武器を取り出す。

 それは斧、元持ち主の大斧鬼の名に相応しい、大斧を落下する重力に任せて妖花のその頭上から振り下ろした。


 赤い花を揺らしながら木の擦れる様な音を出す、それからの妖花の行動は驚くものだった、一瞬の間に半分ほど斬られていた足部分が、枝が絡み合い再生、そして足元に広がっている根の上を台車が滑る様にして移動したのだ。


 追ってきたのだから当然動けるものだとは思っていたが、まさかそんな移動の仕方をするとは予想外で、渾身の威力で振り落とされた斧は妖花の足元に広がっていた根を斬り裂き、地面にその身を深く埋めた。


「はっはァッ!クソがあああ!」


 笑いながら毒突くエイジ、しかしこれで人型、強いてはあの花こそがこのモンスターの急所である事が証明されたといえる、避けた事がその証拠だ。

 問題点は、少なからずこのモンスターに知性がある以上、同じ手は通用しないと思っていいだろう、そしてもう少しでこの強化の魔術も切れる、残りの魔力が二割を切った。


 大斧をマジックバックに収納し、ナイフを正中に構える。

 エイジの口元には、狂気じみた笑みが浮かんでいた。







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