第41話
植物型のモンスターと言うものは珍しい物ではない、それどころかこの世界で最も多種多様でどこの森でも深い場所、魔素の濃い場所に行けば必ずと言っていい程存在している。
しかし、基本的に植物型というのは危険度が低い物ばかりだ、何故なら奴らはその殆どが固定型で小型なのである、狩りをするにしても待ちの姿勢で居る事が多い、そして主な栄養源も虫や小動物になるので、人間ほどの生き物を獲物にすることは殆どないのだ。
勿論全てがそうではない、長い時を経たモンスターは人間だって呑み込めるくらいの罠を仕掛ける事もあるし、小さいサイズでも危険な毒を有している個体も一定数存在する。
その様な危険度の高い植物型モンスターが群生しているダンジョンも大山脈の一部に存在しているらしいが。
擬態に使っていた狼の毛皮がビリビリと破けていく、周囲に張り巡らされていた蔦が妖花の元へと集まっている様だ、次第に形取っていた四本足も崩れて蔦の絡み合う一本の幹の様に変わっていく、それこそが本来の姿なのだろう。
花弁の中心、触手の蠢くその部分から、薄くピンクかかった煙が噴き出している、恐らくあれが滝壺の水飛沫による霧と混ざり合い、催眠作用を引き起こすのだろう。
しかし身体中に聖属性の魔力を巡らせている今のエイジにとってはその効果は薄い、多少の頭痛程度だが、そんな物は苦にはならない。
そして幹へと寄せられていく蔦の中に、四肢を絡め捕られ眠った様に動かないキャロルの姿を見つけた。
「キャロルッ」
どんどん巨大になっていく植物、恐らくあの幹に捉えられたら救出する術はない、拘束する蔦が細い内に助けなければ。
キャロルの傍へ駆け寄ったその時、今まで霧がかかった空を仰いでいた妖花が奇妙な動きでエイジの方向を向いた。
そして幹の一部から鋭い先端の蔦が勢いよく伸ばされる。
「『光盾』!キャロル、おい!キャロルッ!」
指輪を嵌めた手を向けるだけで光の盾が展開される、ヴァネッサから貰った石指輪の効果で聖属性の魔術、光盾の強度と発動の速さが段違いに上がっているのだ。
当然植物の槍程度で簡単に壊されるような強度ではない、エイジに向けられた四本の蔦が閃光と共に弾き飛ばされる。
その隙にキャロルの腰へと手を回して引っ張り上げようとするが、何かに固定されている様に動かない、強く引くとキャロルの顔が痛々しく歪む、見ればローブの袖から覗く白く細い腕に、幾つもの蔦が突き刺さっているのだ、その抵抗から察するに恐らく足と背中の一部も同じような状況になっている。
(こんなッ、どうすればいいんだよ!無理矢理引っ張っていいのか、千切ったらまずいのか、クソッ、こんな時こそ君の知識が必要なのに)
しかし迷っている暇は無い、こうしている間にもキャロルの身体は幹に引っ張られていく、それに今でこそ光盾を壊そうと一方からしか攻撃してこないが、盾を避けて蔦の槍が襲い掛かって来るとも限らない、光盾は防御力こそあるがカバー出来る範囲が限られているのが弱点なのだ。
「くッ……キャロルごめん!ぐおおおおおッ!」
エイジが選んだ行動はキャロルの身体を全力で引っ張る事だった、同時にキャロルがビクンと大きく揺れ、蔦の何本かが千切れる感触と、ズルリと肉から蔦が抜ける気色悪い感触と共に、抵抗力を失ったキャロルを抱え尻もちをついた。
「外れた!って血が、おいキャロルしっかりしろ!おい!」
蔦が突き刺さっていた箇所からは夥しい量の血が溢れている、それは紫色のローブを濃く染め、抱えるエイジの服も紅く彩っていく。
イ゛イイイイィイィィィィッ!!
キャロルの身体が解放されたのを感じたのだろうか、妖花が耳障りな甲高い鳴き声の様な物を上る、それと同時に激しくなる蔦、触手による攻撃、エイジは光盾に魔力を再度注ぎ込み補強と防御範囲を広げるが、それももう限界だろう。
最優先であるキャロルの救出は成されたが、どうするべきか、すでにエイジの身長よりも大きくなっているモンスターへの対処方法が思いつかない、どうすればこいつを倒せるんだ。
「エイ………」
「ッ!?キャロル!気が付いたのか!」
抱きかかえるキャロルの眼がうっすらと開かれる、そして唇が震えながら消え入りそうな声で何かを伝えようとしている。
「逃げ……早、く」
逃げる。
光盾に大きなヒビが入った、恐らくは後二撃で壊される。
エイジは強く強く唇を噛み締める、キャロルをこんな目に合わせたモンスターを目の前にして、逃げる、ブレンドから二日と離れていない距離にこんな危険なモンスターが発生しているのに、逃げる。
この場合はそれが正解なのだろう、植物系モンスターに有効な火属性魔術師は負傷してまともに動けず、エイジにはモンスターを倒す術がない。
キャロルは助けた、しかし出血が激しく、このままでは命にかかわる可能性もある、ならば。
※※※
幾本もの蔦を束ねた触手を叩きつけ、鬱陶しい光を放つ壁を破壊した。
そして何本かの触手でその場所を貫いたが、手応えはない、全てが地面や同じ蔦、木に突き刺さるだけで生き物を貫いた感触はない。
どうやら逃げられたようだ、獲物に逃げられるという経験は、妖花にとって初めてだった、催眠作用のある霧に周囲に張り巡らせた自身の身体、その前にはどんな動物だって状況を理解出来ないまま自分の栄養になるしか無い筈だった。
再び花弁を空に向けて、大量の薄いピンクの霧を吐いた。
『スキッド・ヘルフラワー』
この植物型モンスターの名称である。
本来ならば触手の森と呼ばれる第一級危険ダンジョンに稀に発生するモンスターだ、現在までただ魔素の濃い場所にまで発生したという報告はない筈なのだが、沼、高純度魔石、異常に溜まった魔素、そして毒の飛沫と言う環境条件が奇跡的な確率でスキッド・ヘルフラワーと発生させたのだ。
本来ならばAランクモンスターとして扱われ、討伐のクエストが発行されたならば受注条件はシルバーランクのパーティ三組以上か、ゴールドランクの冒険者が派遣されるであろう程の危険度だ。
しかし、このスキッド・ヘルフラワーは幼体、そして本来ならば発生するはずの無い場所での環境の違い、そして栄養不足、それらが噛み合い本来の強さを発揮できていない。
それでも固有スキルである催眠の霧は健在、そして滝壺周辺という条件が整っているこの場所ならばBランク程の脅威を発揮できるだろう。
エイジが逃走を選んだことは至極正しい。
駆け出しの魔術師にどうにか出来る相手ではない。
そしてスキッド・ヘルフラワーは自身の脳と言える花弁の奥、種子の様な器官で考える。
今戦った生物の強さ、あの生物には心当たりがある、最近罠に引っかかった個体は大きく栄養もあったが、あれほどの強さは無かった、ただもがくだけで抵抗もなく侵入も寄生も容易、しかしあの二匹は自分の罠から逃げ出し、配下を悉く倒し、折角捕まえた片方を寄生から助け出してしまった。
自身の幹を構成する蔦を、軋む音を立てて圧縮させる。
最初に擬態していた狼、あれはこの幼体が発生したときに初めて勝利した生物だが、この姿より、あっちの方が強そうだ。
イ゛イ゛イ゛イイイイイイイィ!!!
鳴き声のようにも聞こえる木が摩擦する音が、霧の中に木霊する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます