第40話

 エイジが右手を突き出し、常に十メートル前方で強風を発生させながら視界を確保している、そのおかげで一早く待ち伏せや奇襲にキャロルが対応し、道中にいる寄生モンスターを焼き尽くしている。


「くッ、間に合わない!エイジ君!」

「応、『エア・ハンマー』!」


 キャロルの術後硬直にはエイジが対応し、刻むだけでは寄生モンスターの動きは止められないと理解してからは、主に風の弾で動きを止める役割に徹している。

 しかしそれも限界がある事は二人がよく分かっていた。


「はぁ、何で……いつになったら霧が晴れるんだ!」

「もうとっくに抜けててもいい筈よ、それが、どうして」


 もしかしたら二人共方向を誤り、間違った方向に進んでしまったのだろうか?いや、それは無いだろう。


「もう一度、『ウインド・ヴェール』ッ」

「はぁ……やっぱり間違ってはいない、けど、この木の並び方……もしかして、エイジ君あっちを晴らして!」

「そろそろ魔力がヤバいんだけど、『エア・ハンマー』」


 視界を遮る邪魔な蔦と一緒にキャロルに言われた通りの方向に向け強風を放つ、そして霧の晴れた後に二人の視界に飛び込んできた光景に、同時に息を呑んだ。


「ここはッ!この場所は!?」

「どうやら寄生だけじゃない、他にも厄介な能力を持っているらしいわね」


 そこにあったのは見間違えるはずも無い、こんなものが二か所としてあるはずも無いだろう、先ほどキャロルの紫蓮・爆炎弾で大きく穿たれた地面の傷跡、大穴の中心では未だ高温が冷めないのか煙が燻ぶっている。


 二人は背中を合わせて周囲の警戒を強くする、そして当然の様に辺りを囲んでいるのは眼孔や口腔、耳などから触手の様な蔦を垂らしている、寄生による哀れな犠牲者たち。


「何にせよ、姑息な手を使ってくる奴が近くにいるって事ね」

「それって、この中に元凶が紛れ込んでるって事か!」

「幻術を使うモンスターも希少だけど、モンスター程度が使う幻術なんて相当近くでないと効果は無いわ、つまり」


「「全部倒してしまえばいい」」


「そういう事だな」

「そう言う事よ」


 エイジとキャロルの背中が触れる、それを合図に何匹もの獣が牙を剥き襲い掛かる。

 一番多いのは野犬の類だが、中には猪や角の生えた兎など多種多様だが、どれも寄生による影響か、本来の野生動物の機敏な動きが失われている、よほどの数で同時に来られなければ、エイジでも十分に対処は可能だ。


「二人なら無駄打ちしなければ十分に殲滅できるわ、さっきまでと同じ、エイジ君は動きを止める事に集中しなさい、潰すか、足を奪うか!」

「あぁ!頼りにしてるよ、キャロル……いやキャロル先生!」


 この時エイジとキャロルは同じことを考えていた。

 本来ブロンズランクは当然ブラックランクの冒険者でも死を覚悟する場面にありながらも、背中に誰かがいるという状況、時折触れる人の体温がこれ程頼もしい物だとは思わなかった。

 一人で狩りを行ってきたエイジ、ソロ冒険者のキャロル、あらゆる方向を入れ代わり立ち代わりで魔術を乱れ撃つその二人の顔には、同じ種類の薄い笑みが浮かんでいる。


「キャロル、さっきの……人だ」

「………エイジ君解ってると思うけど、あれはもう死んでいるわ、完全に全身の神経と脳を支配されている、どうやっても助からないわ」

「ッ、ならせめて!」

「駄目よ、燃やすわ……首だけ残しても寄生体が中で生き続ける、それを取り除いている余裕は無いわ…………『紫炎弾』ッ!」


 その胴体に直撃し、脆くなっていたのだろうか、四肢を四散させて肉の焼ける音ではない、木が焼ける音を立てて炭のようになっていく人の身体、エイジはグッと歯を食いしばり、すでに半数以下になっている周囲の寄生体への対処へ切り替える。


 そこからは変わらず気は抜けないが、エイジが動きを止めキャロルが燃やし尽くすという戦闘を何分か継続しただろうか、次第に顔を出すモンスターの数も減っていき、この調子なら何とかなりそうだ、と二人の心に安堵が芽生えていた時だった。


「キャロル?」


 ふと、エイジの周囲を覆っていた温もりが消えた、それはキャロルが戦闘を行いながらも展開し続けていた暖房の魔術と浄化の魔術の合わせ技、その炎の温かさに包まれていたはずだ。


「エイジ君?」


 キャロルも何か違和感を覚えた、エイジが魔術を放つ際の風切り音、そして今自分の事を呼んだ声が、何だか少しだけ遠くから聞こえた気がしたのだ。

 エイジが頭を潰して動きを止めていた猪を紫炎で燃やしながら、ふと、後ろを振り返ってみた、肩が何か固い物に当たった。


「え?」


 そこにあったのは木、周囲に立ち並ぶ木々の一本がキャロルのすぐ後ろに生えていた。

 思考が理解に追い付かない、自分はエイジと背中合わせで戦っていた筈なのに、少しだけ視線を横にずらせば同じように驚いた表情でこちらを見ているエイジと目が合った。


 事を正しく理解する時間など無い、何か異様な事が起こった気配を感じ取ったキャロルはエイジの元へ駆けだそうとする、しかしそれは叶わなかった。


「な、何よ!きゃあッ」

「キャロル、何でそんな所…なんだそれはッ!」


 背にしていた木、そこに巻き付いていた植物の蔦、それがまるで生きているかのようにキャロルの駈け出そうとした足に絡みついたのだ、突然支えを失った彼女は当然頭から地面にぶつかる、その隙に次々と蔦が触手の様にキャロルの全身に手を伸ばし、身動きできぬように拘束していく。


(油断した、でも一体どうやって……この地面の根……蔦、まさか!?あたし達は初めから!?)


「『風刃』!キャロル大丈夫か引っ張るぞ!」

「エイジ君ダメ!巻き込まれる!」


 キャロルの言葉も聞かず、囚われたキャロルの肩を引っ張るエイジ、風の刃で一部分を斬ったとしてもその拘束が緩む事は無い、そして邪魔をするエイジの方にも伸ばされる蔦に気付いたキャロルは。


「『魔弾』」

「ぐ、うあああッ」


 威力を抑えに抑えた魔弾をエイジの腹に当て、後方へと飛ばした。


「聞きなさいエイジ君、私が勘違いしていた、この森の蔦全部がモンスターなのよ………本体を倒しなさい!あたしはまだ大丈夫だから!それから直ぐに自分に浄化の魔ッ」


 身体を起こしたエイジが見た物は、無数の蔦に絡め捕られ猿轡をされ、木々の向こうに引きずられていくキャロルの姿。

 そしてそれが見えなくなった途端、不気味なほどの静寂が森に染みていく。


「キャ、キャロル……?」


 呟きに答えてくれる者はいない、ただ木々の擦れる音だけが返ってくる。

 急激に心の中に満ちていく焦燥感をなんとか外に出さないように封じ込め、エイジがとった行動は。


「オオオオオオオオオォォッッ!!」


 雄叫びを上げ地面を強く殴りつけた。

 初めて訪れた森の奥、ベテランの同行者は連れ去られ、周囲には正体不明の希少能力を持ったモンスターが潜んでいる。

 どう考えても絶望的だが、意外にもエイジは落ち着いていた。

 頭の中で何度もキャロルが言っていた言葉を思い返す。


(この森の蔦、全部がモンスター、本体がいる、そして)


「『浄化の光』」


 自信の胸部を強く押しながら、浄化の魔術を身体の内側にぶつけると、温もりが血流に乗って全身を駆け巡る、そしてスーッと頭の中が冷えていく感覚と共に。


 ズグンッ


(これはッ!頭が……くそッ、痛すぎるが、この感覚は知ってる……)


 視界が左右上下に激しく揺れる、前後不覚で自分が立っているのか浮いているのかさえ怪しく感じるが、覚えがある……というか記憶に新しいこの感覚はあの黒剣を初めて使った時にも感じた、頭の中に何か別の意思の介入があり、それを排除しようとする脳の防衛反応。


「けど、あの剣程じゃねぇ……ぐッアアアア!『ウインド・ヴェール』ゥゥゥッ!」


 晴れた脳で理解した、今の今まで全く気が付かなかったが、いつの間にか平衡感覚や方向把握、そして視界の一部までもが狂わされていたらしい。

 渾身の風で霧を吹き飛ばした後には今までとは全く違った認識、今まで地面だと思っていた足元は無数の木の根の様な物で覆われており、ただ垂れ下がっていただけに見えていた枯れた蔦の様な物はまるで蛇のように蠢き、その場所に名前を付けるならば『触手の森』と言ったところだろうか。


「催眠……ってやつか、原因はこの、霧」


 何時からこんな状況に陥っていたのか、滝壺を遠目から見ていた時には異常は感じられなかった、キャロルの浄化魔術に隙間があったのか?いや小袋に入っている魔石は本物だ、ならば考えられる事は一つ。


「最初に出てきたあの狼、あいつが襲ってきたときに一瞬キャロルの浄化魔術が途切れた……あの時だな」


 二人で結構な距離を走ったように思ったが実際は同じところをぐるぐる回されていたのか、それとも足元の蔦を器用に操って殆どその場から動いていなかったのか、最初に戦闘を行った場所から全く動けていない。

 そして催眠を解いた今なら元凶の姿もはっきりと見える、いや、そいつは最初に現れた位置から動いていない。


「こんなに近くにいたのに気付かなかったのか」


 最初見た時は確かに狼だったはずだが、どうやらそれは人間の眼すら欺くほどの擬態だったらしい、何より特徴的なのはエイジが風刃で落とした首から咲いている大きな花、血の色を思わせる赤黒い花弁に鮮やかな桃色の斑点の模様が入った大きな花の中央部には、細く短い触手が蠢いている。

 その花が咲いているのは犬のように見える身体、実際に狼の身体から花が咲いているのかと思ったが違うらしい、それは毛皮のいたる部分が内側から破れ、その中には植物の蔦が見える、それが複雑に絡み合い犬の様な身体を形成し、毛皮を被っているだけの様だ、その証拠にその四本の足は全て地面の根と一体化している。


 その身体が根の上をスライドするように動き、茂みの中からその全貌を現した。


「確認するまでも無い、お前が本体だな……キャロルを、返せッ!」







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