第39話
「大収穫よ!」
「随分いっぱい採ったなぁ」
滝壺の周辺、大きな池の淵を浄化の練習をしながら一周してみただけなのだが、ギルドから借りてきた規定量を量るボックスはとうに埋まり、麻袋の中には毒と水の属性の魔石が大量に詰められている。
「流石、穴場と言うだけのことはある、普通ならこんなに採れるものではないだろう?」
「当然じゃない!ここ半年くらい見に来てなかったけど、まさかこんなに新しく生成されてるとは思わなかったわ、これなんて見なさいよ色といい大きさといい、こんな上質な魔石その沼の底まで行かないと無いわよ」
「こっちのも凄いな、水と毒が混ざり合ってる、これが混合魔石ってやつだろ?相当レアなんじゃないか!」
沼の畔、若干開けた場所に朽ち木が倒れ、腰かけられそうな空間になっていたので、一通りの探索を終えた二人は採取した魔石の品定めを行っている。
キャロルの言う通り穴場だったらしく、高純度の魔石や希少な魔石が多数採取できた、クエストの結果としては最上のものだろう。
「ここまで上等な結果だと、キャロルと別れた時に苦労しそうだ、最初っから楽を覚えるもんじゃないな、あっはっはっは!」
「何を言ってるの、口説くならもっといい男に成長してからにしなさい!それに勘が良いのか知らないけど、怪しい場所を見つける嗅覚は大したものよ、あたしがいなくたってこのクエストは余裕だったでしょうね」
上機嫌のまま一通りの物色を終え、そろそろ日も高くなってきたし沼地の広がる森から出た所でキャンプを張ろうかと、そんな話をしていた時だ。
「しッ!」
急にキャロルが口元に指をあて、音を出すなという合図を出し、周囲の様子に気を張っている、エイジも音を立てないように腰を上げてキャロルの死角へと意識を向ける。
「どうした」
「妙な気配があるわ、急に現れた……場所が掴めない」
視界が悪いこの状況では個人の鋭敏な気配察知の能力で索敵を行うしかない、普通の戦士やシーフならばそうだろう、しかしこの場にいるのは魔術師が二人。
「霧を飛ばす。浄化の魔術まで吹っ飛ばされないようにして」
「心配しなくても強風程度で解ける魔術じゃないわよ」
ハイグリフォンの羽で編まれた杖を取り出して、魔力を集中させる。
「『ウィンド・ヴェール』!」
エイジが杖を高く振り上げて、自分を中心として強風を発生させる魔術を発動させた、キャロルのウォーム・ラップも風に多少揺らめくが完全に消えるような様子はない。
視認できる範囲が五メートルからさらに十メートルは広がっただろうか、枯れ木と生木が入り混じる妙な森の中、霧が無くなっても枝から無数に垂れる蔦で変わらず見通しは悪いのだが、木の陰に隠れて此方を窺っている姿が一つ。
「狼……ね」
「なんだビックリさせて、まぁ新魔術の練習台になってもらおう……名付けて『風刃』!」
エイジの手刀が虚空を横に凪ぐ、空気が擦れて音を立てて、僅かな空中の歪みが木の間から顔だけを出して動かない狼の頭を通過すると、頭の上半分が分かたれ、風に飛ばされ後方の地面にぐしゃっと落下した。
眼から上が無くなったというのに倒れない狼、身体が硬直しているのかと思ったが、その一瞬で二人の脳裏に幾つかの疑問が駆け巡る。
何故この狼は毒の霧の中を平然としているのか。
奇麗なその断面から血が一滴も流れてこないのはどういうことか。
頭が半分になった狼がその断面図を見せつける様に軽く頭を下げた瞬間、その頭部が弾けた、遅くなって血が噴き出したのか、いやそうじゃない、花弁の様な物が蠢き、幾本もの線が四方八方いたる方向に向け伸びていく。
それはまるで植物の蔓、蔦のようにも見え、その内の何十本かがキャロルの展開している浄化炎の膜に触れては燃えて、二人に直撃するであろう軌道が逸れていく。
(術後硬直ッ!直ぐに魔術が使えない、マズイッッ!)
「なんの『紫炎壁』ッ!エイジ君下がりなさい!」
エイジの丁度足の下辺りから猛烈な熱気が膨れ上がる、エイジはキャロルに言われるがまま全力で後方へ跳んだ、そして瞬時に、いままでエイジが立っていた場所に地面を割って吹き上げる紫色の炎の壁。
「キャロル!」
「今ので浄化の魔術が途切れたわ!掛け直すから左右後方に警戒!」
炎の影の熱気に揺らぎながらも、風で吹き飛ばしたはずの毒性の霧が徐々に足元まで侵食してきている、エイジは言われた通り警戒を厳にするが、こう視界が悪ければそれも難しい。
しかし、そんな霧の中でもいつの間にか沸いたのか、先ほどの妙な狼と同じ様な気配が幾つも感じ取れる。
「キャロルやばい!囲まれてる気がする!」
「『ウォーム・ラップ』『浄化の篝火』!エイジ君さっきの風もう一度出してちょうだい!出来ればもっと広範囲で」
「任せろ、『ウィンド・ヴェール』ッ!」
今度は先程よりも力を込め、二人の視線に合わせた高さを中心に風を行き渡らせる。
「な、いつの間にこんなに!?」
「あたしの生体感知の魔術にも引っかからなかった、どうなってるのよ」
そして見えた景色は、エイジとキャロル中心として炎壁がない三方向を無数に取り囲んでいる、モンスターや森の獣の群れだった、見渡しただけでも二十や三十ではきかないかも知れない。
その内の一匹、狼…いや野犬だろうか、エイジに向けて牙と爪を向け飛び掛かってくる。
「くっそ、『風刃』……キャロル!どうすればいい!」
「ッ、エイジ君まだよ!」
すれ違いざまに身を低くして野犬の首を、風の刃で切り落としたエイジにキャロルが叱責を投げる、そして放たれたのは速度のある紫炎弾、紫の炎が野犬の身体と首を纏めて燃やし尽くす。
炎が着弾する前に見えたのはさっきの狼と似たように、首の断面から何本かの触手がその尖端をエイジに向けて伸ばそうとしている光景だった、紫の炎に包まれたその触手からは木が燃えるような匂いがする。
「あ、ありがとう」
「分かったわ!これは寄生能力を持たモンスターよ、パラサイトモンスターなんてこの近くで出た事なんか無い筈なのに」
「寄生って、聞いた事無い、なんだそれ!」
「他の生物の身体や精神を乗っ取る特性の事よ、見た所こいつは植物を介して寄生しているらしいわ、エイジ君あの蔦みたいなのに触れないように、もし身体に侵入されたら終わりよ!」
「なんだよそれ……って、人だ、人がいるぞ!?」
「ッ……もう犠牲者がいたのか」
視界の悪さが戻って行くが、その中に明らかに人の影が確認できた、片足を引きずりながらこちらを見ていない空虚な瞳を見て、エイジの背筋が震える、まるで生気が感じられない。
もしかしたらあの人がブレンドの門番が言っていた行方不明の人なのかもしれない。
「『紫炎弾』!」
人影に気をとられていたエイジに再度向けられた野犬の牙が、キャロルの紫炎によって防がれる。
「ボッとしてる暇は無いわよ!幸いこいつらの動きはそこまで早くないわ、先ずは霧を抜けるわよ」
「あぁ!でも囲まれてるんだぞ、どうやって!?」
「こうやってよ。集え火精!」
キャロルの呼びかけに応じ、掲げられた杖の先端に火の子の様な小さな光が集まっていく、それは次々と紫炎にくべられ、その魔力の密度が文字通り爆発的に大きくなっていく。
『紫蓮・爆炎弾』ッ!」
垂直に振り下ろされた杖から、紫炎弾よりも大きく濃い紫色をした火球が森の一角に向け発射された。
それが着弾すればどうなるかは魔術名と込められた魔力の量から容易に想像できた。
ドッグアアアァァンッッッ!!!!
閃光と共に腹の中を震わせるほどの轟音、思わず顔を隠さずにはいられない爆風と熱気、二秒後目を開けてみればそこには、炎の槍の時とは比べ物にならない爆破痕が、辺りの木や岩地面を吹き飛ばしてクレーターとして残っており、沼の水が流れて焼けた地面を冷やしている、当然そこに居たであろう寄生されたモンスターや動物の姿は欠片すら残っていない。
「今よ!一気に走り抜けて!」
キャロルと同時に走り出す、浄化の範囲から出ないように、二人は横並びで霧の範囲から出る最短のルートを駆けて行った。
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