第38話
「やってくれたじゃないの……まぁいいけど」
キャロルが一つ溜息をついて杖の石突き部を地面に突き刺す、杖の先端に紫の火が灯るが、先までの火玉や火の槍の様に破壊的な魔力を感じられない。
「『浄化の篝火』」
魔術名と共に、突然、キャロルの身体が燃え上がった。
「ちょ、ちょ!何してるの!?」
「君が汚すからでしょう、虫のなんか…ドロッとしたのなんて顔に付けたままにしたくないじゃない、心配しないでよく見てみなさい」
思わず顔を隠してしまったエイジだったが、その声に恐る恐るそちらを見てみると、確かにローブと帽子も含めた全身に火が着いているのだが、どうやら燃えている様子はない、いや良く見れば頬や髪に付着した、蜘蛛の体液が燃えているのだろうかジューッと煙を上げながらどんどん小さくなっているらしい。
「攻撃だけが炎じゃないのよ、こうやって燃やし清める箇所だけを指定すれば、こんなことだって出来るのよ」
十秒ちょっとで炎は消えた、燃えていたキャロルは普段通りなのだろう、何でも無かったという様に得意顔だ。
「聖属性だけが浄化を使えるわけではないわ、どんな属性も使い方次第、その根底にある物こそ何度も言うように」
「イメージの力、魔力を自由に形創る」
「その通りよ!さぁ先に行きましょう、歩きながらでも浄化の練習をしておきなさい、何もヒーリングみたいな上級魔術を習得する必要は無いわ、ここから魔石を探しながらだから行くわよ」
※※※
本格的に森に入り、幾つかの沼地というよりは貯水池の様な物を見て回っている二人、今は大きく古くからありそうな沼の畔で休憩しながら、キャロルから効率的な浄化魔術の行使方法を試している。
「こうかな?」
「それじゃ体内の浄化よ、それを外に出すの、魔弾と同じ要領だけど飛ばす必要は無いわ、手の前で固定させてみなさい」
言われた通りに、魔力を外に出すイメージを、皮膚の内側から手の平に出す様な、そんなことをあれこれ試していると、手の平から薄く光が漏れ出し、その光に照らされた沼の水から淀みがどんどん引いていく。
「そうよ、そのまま維持していなさい、最初は強くする必要はないわ、流石は聖属性……こんな小さな光でも浄化効果は火とは比べ物にならないわね」
そう言いながらキャロルは奇麗になっていく水の中に手を突っ込み、水中から小さなガラス質の石を拾い上げた。
「それが魔石、天然物か……」
「そうよ、おめでとう、初めての魔石ね、記念にとっておいたら?魔術師が二人もいれば規定量なんてすぐに集まるだろうしね」
「そう?じゃ、記念……記念に」
こういった初めてというのは嬉しいもので、エイジも喜びを隠さずに初めて採取した水属性の魔石を空の光に透かしながら観察している。
「これって、普通の冒険者とかはどうやって採取しているんだ?」
「ヨッタさんに聞かなかった?普通に浄化のポーションとか、もしくは手袋を使い捨てたり、かしらね……この調子でどんどん採りましょう、あたしを連れてきて良かったわね、高純度の魔石が生成されやすい穴場に案内してあげるわ!」
軽い休憩を終え、キャロルに連れられて森の中をどんどん奥へと向かっていく。
奥に行けば行くほどに木の形は歪になっていき、垂れ下がったり気に巻き付いたりする蔦の様な植物の割合が多くなっていく。
森の入り口で二人を熱烈歓迎してくれた例の大蜘蛛ミルバイツスパイダーの姿はあれ以降見かけることも無く、途中蛇がキャロルの帽子の上に振ってくるハプニングがあったくらいで、キャロルの案内する場所が見えるところに到着した。
「ここ……なの?」
「そう、あれよ!」
少しだけ隆起した丘の上から見えるその景色は、滝だった。
十メートルほどの小さな滝だが、その滝つぼには広くはないがとても深そうな池があるのが此処からでもみえる。
「あの沼地よ、あそこは特に淀みが強くてね、高純度の毒属性が多く生成されるの」
「あれは……沼、なのか?池というか水たまりと言うか、たしかに底が無さそうだけど、滝があるのに川として流れないんだな、でも水位は大体一定みたいだ」
「あの沼の底が地下の水脈に繋がってて、どこかの川にでも繋がっているんじゃないかしら、しかしいい探究心ね、エイジ君、闇の適正もあるんじゃない?」
その言葉は敢えて無視させてもらい、周囲の地形の観察を続ける。
ここから少し大回りすれば簡単に到着できそうだ、キャロルもその道を通るだろう。
「問題は、あの霧……なのか?あれはどう見ても吸い込んじゃいけない奴だろ」
「その通り、あの沼は長年の淀みのせいか特に毒性が強いわ、勿論飛沫にもその毒は含まれている、エイジ君なら聖と風の複合で無力化できると思うけど、難しい魔術ね、出来そう?」
イメージとしては理解できる、あの毒の飛沫と同じ、いや逆の要領だ。
まずは風を発生させる、指先に魔術名を発するまでも無い小さな渦が発生し、それに聖属性の魔力を溶け込ませる……いや流れに任せて満遍なく流すほうが手っ取り早くて確実か。
「どうだろ、こんな感じかな…?」
「う~ん……出来てはいるけど、甘いわね、ムラがあるし隙間も多いそれに全身を覆えるくらいとなると……仕方ないわね、あたしがやりましょう」
「ごめん……」
「発想力は良いわ、後は持続と工夫よ」
そうして毒の霧が届かないギリギリの所まで来た。
すでに空気に妙な味がするような気がするが、隣にいるキャロルが何か対抗策を持っているという事、穴場と言うくらいだし個人で何度も足を運んでいるのだろう、それにエイジとしても高位魔術師の魔術を間近で見る事は、とてもいい刺激になる、自分では長年かけても思いつかないでろうアイディアが彼女と行動を共にすることでどんどん沸いてくるのが分かる。
「『ウォーム・ラップ』それから『浄化の篝火』!」
「おおぉ!熱、く……ない」
「当然じゃないの、燃やしやしないわよ」
キャロルを中心として炎がまるで卵の殻の様に広がっていく、それは隣にいたエイジも取り込むように拡大したが、どうやらこの炎も先の浄化の篝火と同じ様に、熱くない、燃えない類の炎らしい。
「さっき見せた魔術の応用版よ、ウォーム・ラップは暖房の魔術として有名な魔術だけど、それに浄化の炎を混ぜて広範囲まで浄化作用を広げたの」
ドーム状に広がる炎の中は、明るくそして温かい。
「これが複合って事なんだな……風と聖でも似たようなことは出来そうな気がする」
「その、気がするってのは意外と大事な事よ、大まかな道筋が見えたからこそ出てくる言葉、採取が一段落したらまた教えてあげるわ」
霧の中をキャロルは臆することなく足を進めていく、部分的に霧が濃くなっている場所は避けながら、キャロルの魔術の効果範囲である半径五メートル程は視界が確保言出来ているので、いきなり毒性の沼地に足を突っ込むような事も無い。
モンスターなどの気配も無いので二人はあれこれと声を抑えるようなことも無く、話しながらの探索となっている。
「魔術名も自分で決めてるのか」
「自分で決めているって言うか、適当よ?あたしの場合は最初に魔術を教えてくれた母親が東方の人間だったから、向こうの言い方っぽくなっちゃうけど、わざわざ一般的に広まっている……このウォーム・ラップを改名したりはしないわ」
「確かに、キャロルの魔術はなんだかかっこいい名前だよな、なんだっけ…紫蓮!なんとか!って、僕もアレッサンドルに教わった聖属性はなんだか東方っぽい言い方だったな」
「そうでしょう、師匠も『可愛いキャロルはネーミングセンスもあるんだな』って褒めてくれるのよ!」
「僕も風と聖で統一するべきなんだろうか、キャロルみたいに東方風にするか、それともエア・なんとかシリーズみたいにしようか」
わりとどうでもいい会話を繰り広げながら、二人は滝の音がする方向へと、探索を続ける。
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